第74話 再会

 王国を襲った大災害から一週間が過ぎた頃、サラは書類の山と格闘していた。


「なあヒルダぁ、これってホントに全部私が見ないとダメなのか?」

「立案や調整は私たちの仕事ですが、承認は隊長の仕事ですから。むしろ役職的には現場に出るよりこっちが本業なんですよ、わかってますか?」


 サラは内心で「わかりたくないね」と毒づくものの、それすら見透かしたようなヒルダの視線が痛い。手慰みに書類を指でぱらぱらとめくるが、内容は頭に入ってこない。


 だけど、この面倒も助かったからこそ、か。


 地下室への避難に成功したサラと子供たちは、それから半日後に無事救出された。もともと怪我をしていた女の子とサラ以外は全員無事であり、まさに奇跡だった。


 鎮火に何日かかるかと思われたイキシアの火災だが、幸運にも夜明けから降り出した雨により鎮静化。任務が落ち着いた隙に、サラの部下たちが救出隊として急行した。体力と魔力の限界だったサラはそこで気を失い、ユウリの治癒魔法を施されたのち、二日の休養を言い渡された。


 死ぬほど暇だった休養開けにサラを待っていたのが、この書類の山というわけだ。


 普段の職務であればこんなに書類は発生しない。街の復興計画に加えて、各地から届けられる支援物資の管理が難しいのだ。


 だが支援の中には、サラにとってとびきり励みになるものがあった。サラとレイフが育った孤児院から支援と手紙が届いたのだ。


 箱を開けると中には傷薬や風邪症状などに使える薬草の数々が、処方付きで収まっていた。手紙によると孤児院はいま薬草園を営み、自立の道を模索しているらしい。


 もともとレイフが管理していた花壇を中心として、村の気候にあった薬草を育て、少しずつ村の市場に卸しているそうだ。育成や管理についてはネットを通じてレイフが援助しているらしい。サラは不肖の弟に対して「あいつ、私には連絡取らないくせに」と若干の憤りを感じた。


 それと手紙にはヤマトからサラへ短いメッセージが添えられていた。


《無茶をするなとは言わない。お前はもう、何を守るべきかわかっているはずだ》


 他の手紙よりも無骨でへたくそな字面にサラは思わず笑みをこぼした。院長先生が亡くなったあの日、無謀にも崖を跳び越えようとしたサラを止めた太い腕を思い出す。


 守るべきもの、か。

 私は師範に少しでも追いつけたのかな......。


 物思いにふけり手が止まっているサラを、ヒルダが再び注意しようとしたその時、仮説隊舎のドアが軽快にノックされた。サラが姿勢を取り繕い入室を許可すると、スイがぴしっと敬礼をして入ってきた。


「どうした?」

「隊長の古い知人だという方がお見えになっているのですがお会いしますか?男女の二人組でしたが」

「ふーん?わざわざ来てくれたのに無碍にするのも悪いし、連れてきてくれ」


 スイは一端下がると、直ぐにその客を連れて戻ってきた。いったい誰だろうかと知人を思い出していたサラだったが、スイに続いて入室した男を見て目を丸くした。


「久しぶり、無事で良かったよ」


 それは懐かしい声だった。共に育ち、旅をし、袂を分かった、唯一の家族。昔と変わらない、ややもすると頼りなげに見える、柔和な笑顔をした弟だった。


「ヒルダ、スイ、ちょっと席を外してくれないか?頼む」


 感情を押し殺したサラの言葉に、困惑しつつも部下たちは素直に従った。部屋にはサラとレイフ、それにフードを被ったままのレイフの連れだけとなる。束の間訪れた静寂、それに耐えかねて口火を切ったのはレイフだった。


「姉さん、本当に隊長なんてやってるんだね。噂には聞いてたけどこの目で見るまで半信半疑だったよ。ほら、昔はあんなに」

「雑談しに帰ってきたのかよ。ずっと音信不通で最初に言うことがそれか?」


 サラは喋りながら、レイフの正面にゆっくりと移動する。久しぶりに見上げた弟の顔には、サラの知らない傷跡がついていた。


「......やっぱり怒ってる?」

「おい、ちょっと屈んで頭下げろ」


 レイフは嫌な予感がしながらも素直に腰を屈めて、小さな姉の目線に合わせる。サラはゆっくりと息を吐き出すと、弟の愛想笑いに向けて平手打ちをお見舞いした。小気味良い音が狭い室内に響く。


「心配するに決まってんだろが!お前、私が、私がどれだけ!」


 レイフは気まずそうな顔で「ごめん」と詫びる。

 だが言葉とは裏腹に「これで良かった」と思っている事がサラには容易に感じ取れた。


 わかっている。こいつは私を守ろうとした。自分の信念に付き合わせて犯罪者にする訳にはいかないと、普通に幸せになれと、そんな風に願って行動した。やると決めたら必ずやり遂げる頑固者だ。


 その気持ちを十分理解できるだけに、サラは二の句を継げない。


「くそっ」


 弟の顔を睨みながらこみ上げてきたものは、安堵なのか嬉しさなのか、はたまた怒りなのか。サラは俯いて乱暴に目元を何度も拭う。

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