第23話 山岳の村へ

 アスタ村への道中は存外に楽しいものとなった。


 サラとの出会いは最悪だったが、幸いにも彼女は根に持つようなタイプではなく、翌朝には何の屈託もなく同じ食卓を囲んでいた。


 レイフは尋ねてみればイヴンと同じ十八歳であり、人当たりも良い性格のため、二人は直ぐに打ち解けた。


 イヴンの任務は一言にまとめれば護衛なのだが、アスタ村までの道案内、山歩きの準備、中継地での宿や野営の融通など、やらなければならない事は多岐に渡る。


 アルゴス将軍から任務を聞かされた時は、どこぞの坊ちゃん嬢ちゃんを山岳の秘境アスタ村まで連れていくなんて「心底面倒くせえ」と憂鬱に思った。


 だが蓋を開けてみれば繋ぎ手の二人は非常に旅馴れており、体力も十分、両者戦える上に一人はあの暴風と来たもんだ。


 イヴンは護衛の必要性自体を疑問視しつつも、要領よく任務をこなしていった。

 せっかくの平和な任務だ。うまく楽しもうとイヴンは気合いを入れ直した。


 アスタ村へは麓の小村で登山に必要な道具を揃えてから、三日間の山歩きが必要になる。


 山に入って一日目の夜。二人は野宿も手慣れたもので、狩りや調理の腕前に関してはイヴンとは比べものにならない。存外豊かな晩餐にイヴンは本気で舌鼓を打った。


 山は日が暮れるのも早い。夜間は交代で見張りと火の番を行い、順番に寝る事した。


 そこかしこから虫の音が聞こえる、静かな夜。イヴンは時おり薪をくべながら、じっと炎を見つめていた。夜空を見上げると時計代わりの星は、そろそろ日付が変わる位置まで来ていた。


 するとそこらの樹に布を貼っただけの簡易テントから、レイフがのっそりと現れた。


「交代にはまだ早いっすよ」

「なんだか目が覚めちゃって」


 レイフはたき火を挟んでイヴンの正面に腰掛けると、水筒に口をつける。


「なぁ、レイフはどうしてこんな旅をしてるんすか?」


 イヴンの問いがよく聞こえなかったのか、レイフは首を傾げる。


「いや、ネットワークを繋げるためっていうのは知ってるけど、そもそも何でそんな事してんのかなぁと。俺みたいに軍属ってわけでもないのに」

「それは......」


 逡巡する様子のレイフにイヴンはすかさず言葉を継ぎ足す。


「あぁ、話したくないなら良いっすよ。単なる興味っすから。俺らにとって繋ぎ手は英雄みたいなもんだから。ちょっとした野次馬っす」

「英雄?」


 その言葉にぴんと来ないようで、レイフは丸い目をしてこちらを見つめる。


「そ。繋ぎ手が開いた世界樹のネットワークによる情報伝達。それがうちの戦争を根本的に変えたおかげで、ここ一、二年は連戦連勝。軍の損耗率もぐっと下がって俺ら下っ端が死ななくなった。繋ぎ手様様っすよ」


 カルミア王国におけるここ数年のネットワーク普及速度は異常とも言えるスピードで進んでいた。


 魔工技師リック・テイラーが開発した汎用ブラウザが主要都市に配備され、国内における情報伝達を高速化。国直轄であるガーデンが主体のこともあり、ネットワークは最初行政に用いられていた。


 だが目敏い商人や、開発者であるレイフやリックの意向もあり、かなり早い段階から条件付きで民間にも使用が解放された。結果として商売のルールがあっという間に変化し、今まで人力に頼った情報収集の優位性で利益をあげていた者が没落したり、逆に情報発信を武器に新しく成り上がる者が現れた。


 今この国に生きている人々は、まさに世界の変化を目の当たりにしているのだ。

 そしてもうひとつ、ある意味ではそれ以上に大きく変わったのが軍事だった。


「リック・テイラーのブラウザが配備される前、レイフ達が手作業で各地を繋いでいた頃から、アルゴス将軍はネットワークの軍事利用を進めてたっす。どの町の世界樹にも必ず軍専用の端末を置いて、どこにも負けない国内通信網を構築、そこから得られる情報を集約・分析して軍事作戦に活かす。情報を得る為に馬を走らせるしかない他国の軍なんて、ネットの速度で行われる作戦の前じゃ目隠しされた赤ん坊も同然。今やうちの軍は無敗記録更新中っすよ」


 レイフは意気揚々と語るイヴンの言葉を複雑な思いで受け止めた。


 アルゴスと組むのはこういう事だ。頭ではそう理解していた。けれどレイフの中では、それにまだ折り合いがつけられずにいる。


 ネットワークは人を生かす為の力のはずだ。繋がりによる助け合いで、救えるはずの命を取りこぼさないため、院長先生のような人を二度と出さないため、レイフは国中を旅してネットワークを構築してきた。


 その繋がりによって、人が殺されている。


 もちろん軍が無ければ国は侵略される一方であり、守りたい人々が危険に晒されることはレイフにもわかっている。


 それでもコインの表裏のように一体となった、守ることと殺すことがレイフには納得出来ずにいた。


 軍属であるイヴンに複雑な胸中を悟られぬよう、レイフは話題を変えた。


「イヴンは、どうして軍に入ったの?」

「俺っすか?うちはずっと昔からそういう家系ってだけっすねぇ。実際親父も兄ちゃん達も軍属っすよ。あ、俺三兄弟の末っ子なんすけど」


 職業としての軍人。仕事としての戦争。職務として人を殺すこと。そこに葛藤は無いのだろうか。


 いくらか打ち解けたとは言っても、それをこの場で尋ねることは出来なかった。


「確かにイヴンは弟っぽいよね。僕とは別のタイプだけど」

「ははっ、レイフは弟と言っても振り回される苦労人タイプっすもんねぇ」

「姉があれなもんで」


 テントの中でぐっすり寝ているであろうサラに気づかれないよう、二人は静かに笑いあった。


 幼さすら感じさせるイヴンの笑顔を見ながら、レイフは思う。

 人を殺すとき、彼はどんな顔をしているのだろう。

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