第三章 疾走(通信が変える戦争)

第22話 逃走と護衛

 舐めるような炎が村を這い回る。

 その余熱を背中で感じながら、レイフ達一行は日が傾きつつあるある森林の中を駆ける。


「二人共、大丈夫っすか?」


 先導する護衛のイヴンが、足を緩める事なくちらりと背後を確認した。


「誰に言ってんだっての」

「大丈夫だよっ」


 サラは心外だと言わんばかりに、レイフは落ち着いた様子で彼の言葉に答えた。イヴンもトップスピードでは無い。だがそれなりの速度を出しているのにこの姉弟は難なくついてくる。


 彼は心中で「流石」と呟きながら、進路前方の倒木を飛び越えた。後の二人もそれに倣い、一行はさながら狼の群れの様に森を疾る。


「あと少しで休憩できる小川っす!そこまでこのペースで行くっすよ!」


 背後から追っ手の気配は感じない。しかし急がなければ。

 イヴンは直属の上司であるアルゴス将軍の厳命を思い出す。


「命を賭して繋ぎ手を守れ」


 守れ。それはイヴンにとって新鮮な響きを伴う言葉だ。通常であれば自分は今ごろ燃え盛る村に残り、敵軍に襲いかかっていただろう。


 それにしても、どうしてこんな事態に?

 念のため程度の護衛任務だったはずだ。アルゴス将軍は予期していたのだろうか。

 他国がこれほど形振り構わずに繋ぎ手を狙ってくるなんて。軍属であるイヴンにとっても予想外の動きだった。


 繋ぎ手によるネットワークを使った大規模通信網。


 情報通信による瞬時の連携、大局を俯瞰した戦略の成立は、このカルミア王国の戦争を大きく変えた。ここ一、二年での戦果は目覚ましく、カルミア王国は破竹の勢いで領土を拡大している。


 その要が自分の後ろを走る二人だという事に、イヴンは未だ実感を持てずにいた。


 姉弟とイヴンが出会ったのは一週間前。

 アスタ村への訪問準備を整えるために滞在した都市にある、国軍の要塞での事である。




「この小さいお嬢さんは将軍の親戚の子っすか?」


 要塞内の執務室、イヴンはアルゴス将軍から繋ぎ手であるサラとレイフを紹介されるや否や、何かの冗談でしょと言わんばかりの台詞を口にした。


「は?」


 サラは小柄な身体から身も凍るようなひと言を発し、隣のレイフは吹き出しそうになる口を手で覆い堪える。だが間に合わなかったようでレイフは真横のサラから肘鉄を食らわされた。


「イヴン、彼女が少女のように可憐だというのは私も同意するところだが、サラはもう二十歳の立派な女性だよ。君より年上のね。それに......」

「二十歳!信じられねぇっ」


 アルゴスが言葉を言い終える前にイヴンが驚愕の声を上げる。その台詞と態度の軽さにサラは制裁を下しても良いと判断した。


 最低限の予備動作からイヴンの顎に向けて鋭いハイキックを繰り出した。


「っと危ねぇ!」


 イヴンは間一髪でサラの蹴りをかわし、隙のない身のこなしで距離をとった。


 今度はサラとレイフが驚かされる番だった。無論今のは本気の一撃ではない。だが寸止めする気はなくそれなりの威力・速度で放たれた蹴りだ。避けるのは簡単ではないはずだ。


 両者の間にはにわかに緊張が走るが、この場の主催であるアルゴス将軍が暢気な声で部下を諫めた。


「イヴン、上官の話は最後まで聞け。サラはあの”暴風”だ。見ての通り気も長くない。道中言動には気をつける事だ」


 ため息混じりに部下をたしなめるアルゴスは、サラとレイフにとっては珍しい上官の顔をしていた。


 暴風というサラの通り名を聞いたイヴンは軽口を叩くのをやめて姿勢を正す。


「繋ぎ手お二人の護衛任務、謹んで拝命いたします」


 そうやってアルゴスに向けて軍式の敬礼をしてみせ、失言をぬぐい去ろうとするようにサラとレイフに笑顔を向けた。


 先ほどの発言をまだ許してないぞという顔をしたサラを横目に、レイフは苦笑しながらも礼儀正しく「よろしくお願いします、イヴンさん」と右手を差し出した。

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