第21話 新しいブラウザ

 季節は巡り、サジタットの冬が終わる頃。ロニーは相変わらず仕事に勤しみながら、大半の住人と同じように春を待ちわびる日々を送っていた。


 ただし今、世界は変革の時を迎えつつあった。

 半年以上の時間をかけて、リックとレイフが新型のブラウザを完成させたのだ。


 そのブラウザはサジタット市長と軍の協力により海路と陸路、全ての輸送手段を用いて王国中の要所へと運ばれていった。


 ただしリックには未だ解決しなければならない問題も残っていた。


 新型のブラウザはレイフの魔法に頼った旧型に比べて著しく巨大化してしまったのだ。膨大な情報と処理回路を組み込むために大量の魔石が必要とされ、個人が気安く運べるようなサイズをゆうに越えてしまったのだ。もちろん価格も高騰し、一個人で買うことは難しいものとなってしまった。


 その事にリックは忸怩たる思いがあるらしく「ぜってー小型化して量産してやる」と息巻いており、現在も研究に没頭している。


 そんな工房の主を横目に、この半年で助手だったビビはめきめきと腕を上げ、今では工房の中心的な存在としてリックを脇に置いて現場を取り仕切っていた。


 課題が残るとはいえ新型の完成を見届けたレイフとサラは、再び旅に出た。


 大それた発明をした割に二人の旅立ちはあっさりしたもので、リックとビビ、それにリックに誘われたロニーだけが見送りをする事になった。ちなみに工房の職人達は、所長と副所長が同時に抜けるために、他は誰一人仕事を抜け出せなくなったらしい。


 ブラウザの生産はもはや王国公認の推進事業であり、予定に穴を空ける訳にはいかないのだという。


 サジタットの堅固な関所の下で繋ぎ手の二人と別れの挨拶をした。


「それじゃあリックさん、お世話になりました」

「おう、またなレイフ。と言っても研究についてはこれからもネットで逐一やりとりするからなぁ。お別れって感じはまるでしねえな」


 確かにそうですねとレイフは苦笑する。


「全く良い時代を作ったもんだぜ、さすが俺様だ」


 リックが一人満足気に高笑いをする横で、サラとビビが別れを惜しんでいた。レイフとリックが研究に没頭している半年間の間に、二人は友情を育んでいたらしい。


 小さな村の孤児院育ちだったサラにとって、気が合う同年代の友人は初めてだったそうで涙ながら再会を約束していた。


 夜襲の際に鬼神のような戦いっぷりを目撃したロニーにとっては、サラの意外な一面を見た思いであり、この時初めてサラを普通の少女のように可愛らしいと思った。


 あの夜襲以来、配達で訪れる以外では特別接点を持たなかったロニーにとって二人との別れにあまり感傷は無い。邪魔にならぬよう場の成り行きを静かに見守っていた。


 繋ぎ手がこの街を訪れてから、自分は最初から最後までただの脇役だった。


 夜襲には巻き込まれたが何をした訳でもない。レイフやリックのような主役達が何かを成す様を近くで見ていただけに過ぎない。


 彼らが巻き起こした変化の波はもう直ぐそこまで迫っている。それは主に軍事と商業の分野で起こり始めていた。


 以前は配達の仕事で頻繁に通っていた商工会や軍への出入りがぐっと減り、手紙の配達は市井の人々相手が主流になりつつあった。


 けれどロニーはもう将来を悲観してはいない。あの日レイフが語った通り、手紙を受け取る人々の笑顔は何も変わっていないのだから。


 俺はこれからも人から人へ、手紙を届けて生きていく。


 時代が変わろうとも、変わらないものもきっとある。ロニーはレイフに一歩近付いて右手を差し出す。


「レイフさん、配達人としてお手紙をお待ちしております。これから先も、しっかりとお届けしますので」


 確信に満ちたロニーの言葉を肯定するように、レイフは「よろしくお願いします」と言いながらその手を握り返した。




 繋ぎ手の二人がサジタットの街から去って数ヶ月が経った。


 ロニーは今日も配達鞄に手紙を詰め込み仕事に励んでいた。

 配達先として訪れたガーデンには今日も燦々と陽光が降り注ぎ、施設の中心である偉大な樹木は、豊かな光を存分に受け止めそよ風に揺られていた。


 今この時も世界樹による魔力の繋がりによって、沢山の人が言葉を伝えあっているのだろう。目に見えないそれを想像する度に、ロニーはいつも洪水に飲まれるような感覚を覚えてしまう。


 配達を終えてガーデンを出たところで次の手紙を鞄から取り出し、宛先を確認する。その送り主の名前を確認した時、ロニーはつい笑みをこぼした。


 宛先、ビビ・フォレスト。

 送り主、サラ・クロエ。


 封がされた封筒には少し厚みがあり、その膨らみが手紙に込められた期待の現れ、相手に喜んで欲しいという気持ちのように思えて、ロニーは一層愉快な気分になるのだった。


 通い慣れたいつもの道を、ロニーは少しだけ跳ねるような足取りで進んで行く。

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