第17話 猛獣

 思わず「ひっ」とロニーの口から悲鳴が漏れた。何が起きたのかと這い蹲ったまま周りを見回すと、ロニーに背を向けて立つサラが男達の視線を一身に浴びながら静かに佇んでいた。その足下には更に男が一人倒れていた。


 工房の扉を叩き続ける音も止み、スキンヘッドは威嚇するようにサラを睨みつけた。


「おいおいおい何してくれてんだ」


 ドスの効いた声にロニーは身を竦ませる。しかしサラはそよ風が頬を撫でた程度にも動じる気配がない。ただそこですっと工房の二階へ向けて顔を向けた。スキンヘッドの言葉は完全に無視だ。


「おい、やっぱ無理だわ!穏便はやめるぞ!いいな!」


 サラの声が合図だったかのように、工房にぱっと明かりが灯る。次いで二階の窓からリックとレイフが顔を出した。


「ロニー、そこはベッドじゃねえぞ?」


 リックはにやにや笑いながら未だ立てずにいたロニーに声をかけてきた。

 こんな時になんて奴。


 普段ならロニーも言い返すところだが状況が飲み込めず呆けたまま見返す事しか出来なかった。


 次に声を発したのはスキンヘッドの男だった。不愉快さを顔面から発散させるような形相でリック達を見上げて吠える。


「居るんならさっさと出て来やがれ!じゃねえとこの工房ぶっ潰すぞ!」


 おーこわ、などと暢気に呟くリックに代わりレイフが男に答える。


「あのー、あなた方が用があるのは工房ではなく、僕らじゃないかと思うんですが。違いますか?」

「誰だてめえ!」

「おそらくあなた方は、繋ぎ手を始末しろといった類の依頼を受けてるんじゃないかと」


 スキンヘッドの男は黙り、周囲のチンピラには動揺が広がった。


「その依頼を出した方、雇い主を教えてもらう訳にはいきませんか?もちろんタダでとは言いません」


 話が妙な方向へ転がっていくことに工房を取り囲む男達のざわめきは大きくなる。スキンヘッドの男も訝しげにレイフの言葉を待った。


「雇い主を教えてくれるなら、皆さんこのままお帰りになって結構ですよ」


 満面の笑顔でそう言い放つレイフに一同はぽかんとした顔を向けるが、一拍遅れて何を言われたのか理解した男達の口からは次々と怒号が発せられた。


「ふざけんじゃねえ!条件にもなってねえぞ!」

「なめてんのか!」


 その様子を眺めてレイフはため息をつく。そして一連のやりとりを大人しく聞いていたサラをちらりと見て言葉を付け足す。


「わかってないですね。あなた方は今、猛獣を目の前にしているというのに」

「誰が猛獣だ!」


 サラがすかさず噛みつく。レイフは「ごめんごめん」と謝る姿勢を見せるも目は笑っていた。レイフへの不満に対する八つ当たりでもするように、サラは男達に言い放つ。


「良いかお前等、痛い目に合いたく無い奴は今直ぐ帰んな。私は最後まで残ってた奴をボコって雇い主を吐かせるからな」


 先ほど仲間の二人を一瞬で気絶させたサラの言葉だ。男達には迷いが走る。だがそこでスキンヘッドの男が渇を入れた。


「てめえら全員腰抜け揃いか!雁首揃えて女一人にびびってんじゃねえぞ!全員で袋にして!服を剥ぎ!女に産まれた事を後悔させてやれ!」


 戸惑っていた男達は欲望を刺激され、目に怪しい光を宿しながら害意を再び燃え上がらせた。


 均衡は崩れ、サラの元に男達が雪崩こむ。


 サラは近くに転がっていたロニーの首根っこを掴み全身を使って工房の方へと投げ飛ばす。乱闘に巻き込まれないようにという配慮だとわかったが、ロニーは背中をしたたかに打ち付けて尻餅を付いた。だが彼は投げ飛ばされる瞬間、確かに見た。


 サラが男達を見据えながら「かかってきな」と不敵に笑うその顔を。


 乱闘はサラの独壇場だった。

 小柄な身体から繰り出される蹴りは吸い込まれるように男達の顔面を射抜き、まるで風に舞う花びらのように男達の拳は空を切るばかり。


 その様子はさながら戦場で舞い踊る戦女神だ。


 一人、また一人と男達が倒れていく。その度にサラを取り囲む輪が大きくなり、挑む者が居なくなっていく。


「なんだよもう終わりか!」


 サラは笑みを浮かべたまま男達を煽るも、鬼神の如き強さを眼の辺りにした残りの男達の足は決して前へと動かない。その様子にサラはわざとらしいため息を付き、スキンヘッドの男を指差して言う。


「なあ、お前は来ないの?」


 名指しされたスキンヘッドはたじろぎ冷や汗をかきつつも、面子と周囲の視線がもはや逃げる事を許さなかった。怯えを振り払うような咆哮を上げながらサラに殴りかかる。


 サラは顔面を狙う拳を最小限の動きでかわし、流れるような体捌きでブーツを履いた踵を男の胴体へとめり込ませた。「ぎぇっ」という獣のような呻きと共に、スキンヘッドは白目を剥いて崩れ落ちる。


 ロニーは先ほど痛めつけられた事を差し引いてもスキンヘッドにやや同情した。

 同時に、工房を取り囲んでいた男共は散り散りに逃走を始めていた。


「あ、やべ。気絶させたら雇い主聞けないじゃん。どうしよレイフ」


 サラは面倒事は丸投げだと言わんばかりの態度で二階のレイフに問いかけた。


「とりあえず、そいつは縛って捕まえようか。今そっちに行くよ」


 ロープなら頑丈なのがあるぞと請け負うリックも階下へ降りてくると言う。


「一発で目を覚ますはずの俺様特性気付け薬もあるぜ!人で試すのは初めてだがな!」


 リックは上機嫌な声で部屋の中へ引っ込んだ。ロニーは再び、今度はより深くスキンヘッドに同情した。


 リックの発明は、大抵最初は派手に失敗するからだ。

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