第16話 悪い子たち

 リックの工房は昼間と変わらずガラクタを侍らせて鎮座していた。窓明かりは既に無く、数ある煙突からも紫煙は吐き出されていない。従業員は皆帰ったのだろう。あの宵っ張りのマッドサイエンティストがもう床に付いたというのは珍しいが、何より無事な姿にロニーは深く安堵した。


 必死に走ってきた自分が馬鹿みたいに思えて笑いがこみ上げてくる。頭上の満月もロニーを笑うように明るく夜を照らしていた。くっくと喉を鳴らしながら、ロニーは手近なガラクタを背もたれにして地面に座りこむ。膝の間に頭を垂れて息を整えていると、不意に頭上から声をかけられた。


「お前、何やってんだ」


 驚いて顔を上げるとそこにはサラが立っていた。寝間着なのかキャミソールにふとももまで露わになったショートパンツという出で立ちであり、ロニーは少々目のやり場に困った。なぜここに居るのか説明しようとするが、今となっては何故ここまで走って来たのか自分でもよくわからなくなっていた。


 しどろもどろになりながら説明を試みるロニーだが、それを遮るように闇の中から野太い男の声が響いた。


「おいおいこんな夜更けに痴話喧嘩たぁ、妬けちまうなぁおい」


 声がした方、ロニーが走ってきた通りに目をやると、十数人の男達が暗がりに目をぎらつかせて野犬のように群がっていた。ロニーは剣呑な雰囲気に身を固くして男達を見つめていたが、サラは何気ない動作で反対側の通りにも目をやる。するとそちらの暗がりにも男達が現れており、二人は工房を背に男達に取り囲まれる構図となっていた。


 ロニーは男達の中に見覚えのある顔が混じっている事に気が付いた。どれも裏通りで見かけた顔だ。


 どうして嫌な予感って奴はこうも当たるんだ。


 心の中で悪態を付きながらも、ロニーはサラを庇うように前へ出る。男達の群れが発する暗い悦びに満ちた害意、その気配に肌が粟立ちながらもロニーはかろうじて立っていた。


 男達の首魁らしきスキンヘッドに入れ墨をした男が一歩前へ出た。


「俺達はそこの工房に用があるだけなんだが、ちょっとどいてくれねえか?」


 喉がからからに渇いて言葉はなかなか出てこない。身体を震わせながら背後の工房に居る幼なじみを思う。リックを見捨てる気はないが、自分がこいつらの相手になるとも思えなかった。


「あぁ、そこの女は置いてってくれて構わねえぜ?ついでに俺達がもてなしてやるからよぉ」


 男達に下碑た笑い声がさざ波のように広がっていく。スキンヘッドがロニーの前へと歩み出て、彼の顔をねめつける。


「わかんねぇ奴だなぁ。お前は帰れって言ってんだ、よっ」


 スキンヘッドの厳つい拳がロニーの頬を容赦なく殴りとばす。ロニーは成す統べなく薙ぎ倒され、地面に手を付きうめき声を上げた。


 サラはその様子を平然と眺め、自分よりだいぶ上背のあるスキンヘッドの顔を見上げた。


「ひでえ彼女だなぁ。心配してやらねえのか?」

「別に。私とこいつはほぼ他人だからな」


 男はにやついた口元のまま、舌なめずりするようにサラを見下ろしていた。


「ねえ、ところでこんな夜更けに何の用?良い子は寝る時間でしょう」


 良い子という単語に対して、男達が吹き出す。夜には似つかわしくない耳障りな笑い声が工芸街に響く。


「生憎と俺らは悪い子なんでね。夜行性なのさ」

「あ、そ。で?ここに何の用かって聞いてんだけど」


 男は肩を竦めて見せて「ま、気の強い女は嫌いじゃねぇがな」と言って、サラの脇を通り抜け工房の扉をしげしげと眺める。趣味の悪い扉だな、という呟きに対してだけはサラも同意見だった。


「おい、その女ちょっと捕まえとけ」


 スキンヘッドは手下である男達に向けて命令した。スキンヘッドに比べて体格は細いが残忍そうな目をした男がサラに近付き、肩に手を回した。


「夜は長ぁいぜ。たっぷり楽しもうやぁ」


 男の手がサラのむき出しの肩に触れ、そこにかかる肩紐に指を引っかけようとした。


 スキンヘッドの男はまるで借金取りのように工房の扉を叩きながら「リックさーん、ちょっと出てきてくださいよーリックさーん」などと似合わない敬語で工房の主の名前を連呼した。リックを呼び出してどうするつもりか、誰の目にも明らかだった。


 ロニーは顔面を殴られた痛みと衝撃で意識が朦朧としたまま地面に転がっていた。だがサラに対する不穏な会話を耳にしてなんとか立ち上がろうと地面に掌を付いた。


 ここで立てなきゃ男が廃るだろ...!


 そう奮起して顔を上げた所で、どさっと何か重たいものが直ぐ隣に転がり落ちてきた。


 そこには白目を剥いた男の顔があった。

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