第13話 アルゴス・ライネ
故郷であるレクチア村の近隣である小村では、村長の紹介状を見せる事で容易に世界樹に接触する事が出来た。しかし村から離れるにつれて、集落の要である世界樹への接触は難しくなっていった。
なんとか食い下がろうと役所へと直談判を繰り返すも断られてしまう事が多く、何も出来ず後にした町も少なくない。
そんな停滞した日々を過ごしていたある日、役所から追い返されたところで見知らぬ男に声をかけられた。有力商人の子息といった体の、シンプルだが上等な身なりをした人当たりの良い男だった。金の短髪に似合う碧い瞳が涼やかに笑っていた。
「役所の中で聞こえたんだけど、いったいこの町の世界樹にどんな用があるんだい?」
碧眼の男は自身をこの町のガーデンに勤める植物学者だと名乗った。
君達の話に興味があると言われ、救われた思いがしたレイフはその場で男にネットワークの概要を聞かせた。真剣な面持ちで話を聞いた男は、上司に掛け合うと請け合い、姉弟に付いてくるように言って歩きだした。
素直な子犬のようにレイフが付いていこうとしたところで、その肩をサラが掴んで止めた。
「姉さん?」
先に歩きだした男が二人のやりとりに気づき振り返るや否や、サラは回し蹴りを繰り出しその顔面を捉えようとした。
しかしサラの踵は男の掌に捕まれ、顔面の直前で止められた。碧眼の男は涼しげな表情を崩さずに掴んだ足を離す。
「おやおや、いきなり危ないじゃないですか」
「これで確信した。あんた何者だよ。学者ってのは嘘だろう」
サラの言葉にこれまでとは違う意地の悪い笑顔を浮かべ、その形の良い口を開こうとしたその時。
「閣下!ご無事ですか!」
建物の死角からあっという間に十数人の兵士が現れ三人を包囲した。先ほど声を上げた厳つい顔の兵士が碧眼の男に歩み寄り「ご無事ですか」と繰り返す。碧眼の男はこれ見よがしにため息を付き「あーぁ」と落胆の声を漏らす。
「出てくるのが早いよお前達」
ひとしきり兵士達に対して不満を口にした後、こちらに向き直った男は改めて名乗ったのだ。
「アルゴス・ライネだ。軍の将軍職に就いている。さっきは身分を偽って悪かったね。各地で世界樹にちょっかいを出そうとする旅人の話を聞いてその真相を調査していたのさ。......一緒に来てくれるね?」
そうして連れて行かれた軍の駐屯地での一件でレイフとサラは将軍の支援を受ける事になったのだ。
たまたま視察に来ていた王女や、サラとアルゴスの組み手、兵士が発症する謎の病など、駐屯地での出来事も忘れ難いもので語り出すときりがない。
しかし暫くはリックの所に厄介になる訳だし、時間は沢山あるだろう。きっとビビにも色々と世話になるはずだ。
レイフは「長い話になりますが」と前置きをして”繋ぎ手”と”王の目”、そしてサラとアルゴスについての物語をゆっくりと語り始めた。
その日の午後、ロニーの仕事は散々だった。工房での一件により集中力が削がれていたのは事実だが、それにしても不運としか言いようのない事態に立て続けに見舞われた。
配達先で痴話喧嘩に巻き込まれ、飛んできた鉢植えで大きなたんこぶを作ったり。
雲一つ無い晴天であるにも関わらず、屋根仕事をしていた職人がひっくり返したバケツの水を頭から被ったり。
この他にも小さな出来事の連なりがロニーの精神を疲弊させていた。
そんな一日も終わりに近づき、本日最後の配達先へとロニーは早足で向かう。
配達先はやや物騒なエリアだが、管轄として何度も足を運んでいるので不安はない。ただし浮浪者やならず者、犯罪者が多いのは事実なのでそのエリアへ配達に行く際は街中だが槍を装備していく。
ロニーは身分を明らかにする制帽をしっかりと被り直し、槍の柄をしっかりと握りスラム街へと足を踏み入れた。
宛先はこの奥に居を構える医者の爺様だ。ロニーが産まれる前からここで治療院を開いている古老で、その治療院はならず者達の間でも一目置かれる聖域となっていた。治療院に到着するとロニーは表で配達に来た旨を伝えて院の敷居をくぐった。
「おぉ、来た来たお楽しみが。いつもご苦労さん」
診療室の丸椅子の上で葉巻をくゆらせていた禿頭の老医師は、いくつか隙間が空いた歯列を見せてにかっと笑う。
「いえそんな。お言葉ありがとうございます」
ロニーは分厚い手紙の束を鞄から取り出し老医師に渡す。以前聞いた所によると、王都で医者をしている息子から、最新の薬やら病やらの情報を手紙で送ってもらっているのだという。自分が届けた手紙が誰かの命を救うかもしれない。ここへの配達はいつも身が引き締まる思いがする。
配達を終えて出ていこうとするロニーを爺様が呼び止めた。
「坊や、今夜はあまり遅くまで出歩かない事だ。何やら裏通りがきな臭い。どうやら工芸街でひと悶着あるようだ。お前さんの家も確かあの辺りだったろう?」
「何があるんです?」
「儂も詳しくは知らん。だがチンピラ共が人を集めておる。どうせろくな事じゃあないだろう」
ロニーは頭を下げて治療院を後にした。道行きでそれとなく周囲を観察してみると、なるほどそこここで目つきの悪い者達が密談めいた雰囲気を醸し出していた。
さりげなくその一団の近くで靴ひもがほどけたフリをして屈み込み、そっと耳を澄ます。くぐもった声音は聞き取りづらく、断片的にいくつかの言葉を拾えるのみに止まった。
「嘘みたいな報酬」
「二人連れの余所者」
「今日の夜更けに」
首筋にじわりと嫌な汗が染み出す。二人連れの余所者?繋ぎ手の二人の顔が頭をよぎるがそれを慌てて打ち消した。
ここは天下の港町サジタットだ。余所者なんて町中に溢れているし、二人連れも無数に居る。
悪い予感を振り切るように、ロニーは行きがけよりも急ぎ裏通りを後にした。
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