第12話 誇りと恋文

 ロニーの思いがけない口調に部屋が静まりかえる。サラがお茶をすする音だけが妙に大きく聞こえた。


「俺はずっと誇りを持って配達の仕事をしてきたんだ。時には命だってかけて旅をして手紙を届けてきた。それが時間もかからず道中の危険も無くなる?そんな夢みたいな連絡手段があれば皆それを使うだろうよ。でも、でもなぁ、俺は配達の仕事が好きなんだよ。人が想いを込めて書いた手紙をこの手で届ける。それに誇りを持ってるんだ」


 一息にそう言い終えたロニーは我に返ったのか、逃げるように部屋を出ていこうと踵を返す。その背中にレイフが声をかけた。


「ロニーさん、僕も手紙が好きですよ」

「あんたがそれを言うのかよ、繋ぎ手なんだろ。この仕事を奪うあんたが」


 ロニーは振り返らずドアに手をかけたままレイフを詰る。しかしレイフは怯まない。


「結果的に手紙の配達は減るかもしれません。けれどどんな配達人よりも早く正確に情報を伝えるネットワークは必要なものだと、僕はそう信じています」


 レイフの真っ直ぐな言葉に口をつぐみ、ロニーは今度こそ部屋を出ていった。木製のドアが大きな音を立てて閉まり、リックが大きなため息をついた。


「すまねえな。あいつは昔から一途で熱い奴なんだよ。悪い奴じゃあねえんだ」

「ロニーさんは師匠の幼なじみなんです」


 ビビの補足を聞いたレイフも気まずそうな顔で「言い過ぎたかもしれません」と肩を落とした。

 なんとなく声を出すのが気まずい空気の中、テーブルに置かれたままだった繋ぎ手宛の手紙をサラがつまみ上げた。


「あ、そうだ姉さん。アルゴス将軍から姉さん宛の追伸もあったけど読む?」


 そう聞くや否やサラは手紙を読まずに再びテーブルに放り投げた。


「絶対読まない」


 その顔には台所で害虫でも見かけた時のような、明らかな嫌悪の表情が浮かんでいた。


「え、アルゴスって、あのアルゴス将軍...?」


 ビビが驚いた顔でレイフに尋ねる。


「そう、あの」

「王族直属の特殊部隊、通称”王の目”、それを束ねる英傑でありながら、その涼やかな面差しで美男子として王都中の女性から憧れの視線を集めるという、あのアルゴス将軍ですか!」

「そうです。彼は僕らの旅の協力者なんです」


 レイフの同意にビビは「すごーい!」と声を上げ、サラになぜ手紙を読まないのか詰め寄った。


「うっせーな、どうせ下らない事しか書いてないからだよ。そんなに気になるなら別に読んでも構わないぞ」


 ビビは喜々として放り出された手紙に手を伸ばす。


「おいビビ、お前ゴシップ好きも大概に......」


 師匠であるリックの制止も耳をすり抜けるようで彼女は紙面に目を落とす。


***

 親愛なるサラへ

 サジタットはいかがですか。世界の十字路である彼の都でも、貴方の可憐さに勝る女性はきっと居ない事でしょう。

 公務さえなければ私もそこへ赴き貴方を夜会へとお誘いするのですが、それも叶わずこうして筆を走らせています。

 今は貴方の凛々しくも美しい女神のような姿を思い出すことを日々の糧として、なんとか生き長らえているようなもの。一日も早い再会が私の夢です。

 貴方は息災でしょうか?その拳の鋭さと蹴りの威力は十分に承知ですが、心配する気持ちは清らかな湧き水のように止めどなく溢れてしまいます。

 もしもの時は......。

***


 五枚入っていた便箋の一枚目を読み終えたところでビビは叫んだ。


「完っ全に恋文じゃないですか!?ていうかこれ追伸じゃなくて思いっきりこっちが本文でしょう。レイフ君宛のなんて便箋一枚、その半分も書いてませんよ!」


 サラはビビの反応を無視し、腕を組んだまま目を瞑り憮然としている。


 ちなみにレイフ宛の手紙にはリック工房との協力体制への支援についてと、資金援助の証書が送られてきた。この証書があればサジタット駐在の王国軍からアルゴスが指示した金額を受け取る事が出来る。こういった証書の類は現状ネットワークで送る訳にもいかないのだ。


「サラさんは将軍の恋人なんですかっ」


 しつこく食い下がるビビにサラは「あー!うるせえ!」と勢いよく立ち上がる。


「あんな奴が恋人であってたまるか!私はああいうチャラチャラした男が一番嫌いなんだよ。いったい何度言えばあいつは諦めるんだ......!」


 そう言って頭をかきむしり、そのままの勢いで部屋を出ていった。リックは黙って助手の頭に拳骨を落とし嗜めた。


「だってぇ、まさかあのアルゴス将軍が、それもこんな手紙書いてるなんて。騒ぐなって方が無理ですよぉ」


 叩かれた頭をさすりながら弁明を口にするが、リックが再度拳を降りあげるのでさすがに黙った。


「彼の一目惚れだったんですよ」

「うっそ。確かにサラさんは可愛い顔してますけど、アルゴス将軍の周りなんてもっと華やかな方々ばかりでしょうに」


 本人が退場したことで遠慮のない言葉がだだ漏れである。


「将軍曰く、強さと可憐さが奇跡のように両立する姿に心を奪われたとの事です。一目惚れと言っても、実際は一戦交えた後の話ですし」

「一戦ってどんな状況があれば将軍と戦うことになるんですか......」


 レイフはアルゴスと出会った時の事を思い出して苦笑する。

 それは世界樹を用いたネットワーク構築の旅に出て、少し経った頃の出来事だった。

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