第11話 リック・テイラーの魔工房

 リック・テイラーの工房は工芸街の外れに位置してもなお存在感を示す建築物だ。


 増改築を繰り返したその建物は、石造りのはずだが妙に有機的な風情を醸し出し、その姿を言葉にすると四角いキノコが群生している......というやや不気味な有り様だった。縦横無尽に壁を這う蔦植物がその異様に拍車をかけている。そこかしこから延びる煙突からは、色とりどりの煙が吐き出され、それが飛散する様はさながら胞子の散布のようだ。


 正直ロニーはこの工房が苦手だった。雑然とした雰囲気もそうだが、工房の主であるリックとは旧知であり昔からどうにもそりが合わないのだ。


 しかしそんな事は仕事に全く関係がない。


 ロニーは唯一ガラクタが片づけられている玄関までの細い道を進み、ドアノッカーを叩く。少し待っても反応がない為、今度は若干の苛立ちを込めて強めに叩いた。すると室内から「はーいっ」と若い女性の声が返ってきた。声の主はリックではない。工房の助手の一人だろう。


「今手が放せないので入ってきてくれませんかー!」


 ロニーは遠慮なく工房に足を踏み入れ室内を見渡す。それなりに広い室内のはずだが、外観の印象を裏切らず雑然としており、薬瓶が並ぶ戸棚や魔法により動いているであろう実験器具、見たこともない植物の鉢など混沌さをより深めていた。


 しかし肝心のリックも助手の姿も見当たらない。


「手紙の配達です!リックさんはご在宅でしょうか!」


 職務中なので一応リックにも敬称を付ける。すると上階の方から声が返ってきた。


「二階の奥の部屋まで来てくださーい!」


 玄関先よりもはっきりとした声が響く。ロニーはため息をつき、階段を上がり目的の部屋まで真っ直ぐ突き進むと無造作にドアを開けた。


 そこには居たのは見たことがない小柄な女だった。この女も助手ではない。テーブルを挟む形で二脚置かれたソファに、足を組みながらもたれかかっている。女は頭の後ろでひとまとめにした黒髪を揺らしながら気だる気にロニーを見やる。


 誰だ?


 リックの工房にこんな女は居なかったはずだ。子供のようにも見えるが良く見ると整った顔立ちであり、どこぞのお嬢様と言われても遜色はないだろう。まあ令嬢であれば足を組んで座るなど行儀の悪い事はしないだろうが。


「あ!すみませんロニーさん。今ちょうどお茶を淹れていて手が放せなくってー」


 背後から助手であるビビ・フォレストの声がしてロニーは振り返った。お盆に乗せたカップが四つ。炊事場から運んで来たところらしい。ビビはロニーの横を通り抜けてカップをテーブルに並べた。


 顔見知りが現れたところで、ロニーは職務を全うする為に主の所在を訪ねた。


「リックさんはご在宅でしょうか。手紙の配達です」

「あー、今は奥のラボでお客さんとお話中なんですよね」


 ビビが指を指した先は布一枚で区切られた簡易ラボとなっている。耳を澄ますと確かにリックと男性の話し声が細々と聞こえてきた。ロニーの記憶が正しければこの部屋は一応応接室のはずだが、主の性格故かここにも作業場が設けられているのだ。


「多分、暫くは、いやかなりの時間出てこないと思うので私が手紙を預かりましょうか」


 そばかすの残る顔に肩口で切りそろえた赤毛を揺らし、ビビはロニーに手を差し出した。


「いえ、この手紙は受取人指定でご依頼されてますので、ご本人にしか渡せません」


 無邪気な厚意に対して申し訳ないとは思うが規則は規則だ。この手紙はリック・テイラーにしか渡せない。


 仕方がない。


 こういう事は何も初めてではない。技師や研究者といった連中は、どいつもこいつも熱中すると周りが見えなくなる奴らばかりなのだ。ロニーは深く息を吸い込んだ。


「リックさん!手紙を!お届けに!参りました!」


 一人黙ってお茶を飲んでいたソファの女が驚いてむせる程の大声で、ロニーはリックを呼び出した。


 少しの間を置き、仕切りの布をめくりあげてリック・テイラーが現れた。ポケットの多い深紅の作業着を着崩した筋肉質な男だ。炭のような黒髪をオールバックにまとめ、額には拡大鏡が付いたゴーグルがたくし上げられている。その表情は不愉快さを隠そうともせずロニーを睨み付けていた。


「おいロニー、なんて声出しやがるんだ」

「手紙の配達ですよ、リックさん」


 不機嫌なリックに対し、ロニーは慇懃な笑顔で手紙を差し出した。リックは無言で受け取り、受け取り用紙にサインをした。


「ったく、ちょっとは融通効かせやがれ。別にビビに渡したって俺が受け取る事に代わりはねえんだからよ」


 助手のビビはリックに変わって愛想笑いをするも、当のロニーは「私どもの信用に関わりますので」と取り付く縞もない。それを聞きながらリックはその場で手紙の封を破り手紙に目を通す。


「......おいレイフ、お前ら宛の追伸も入ってたぞ」

「え、僕ら?」


 仕切り布の向こう側、作業場からもう一人男が出てきた。眼鏡をかけた痩躯な男で、学者のような柔和な雰囲気を纏っている。


「ほらよ」


 リックが差しだした紙面を受け取り素早く目を通したレイフは手紙をテーブルに置くと、深いため息をついた。


「すみませんリックさん。そっちには何か面倒な事書いてませんでした?」

「いや、繋ぎ手のお前らに協力するなら資金援助を惜しまないとさ。気前の良いこった」


 手紙の配達を終えて部屋を出ようとしていたロニーは”繋ぎ手”という言葉に思わず振り返った。


「繋ぎ手?あなた達が?」

「なんだ、お前こいつらの事知ってるのか」

「いや、ちょっと仲間内で噂になってただけだ。新しい伝達技術というのは本当なのか?」


 仕事は終わったのでリックに対しての敬語もやめた。


「おう。どんなに離れた場所とも世界樹と魔道具さえあればやりとりが出来るって代物だ。今レイフとその魔道具、ブラウザの改良について話してたとこさ。ブラウザは世界樹の記録から必要な情報を引っ張り出すものなんだが、この時やりとりしてる魔力信号がどうやら言語の体系に落とし込めそうでな」


 技術分野の話題で饒舌さにエンジンがかかりかけたリックをロニーが慌てて制止した。


「わかった、わかったから。いや何言ってるのかはさっぱりわからないが。そうか、噂は本当だったんだな」


 ロニーはそう呟いて肩を落とす。そんな様子には気づかずにリックは上機嫌に笑う。


「おう喜べ、お前の仕事もきっと楽になるぞ」

「......喜べるわけないだろっ」


 ロニーの思いがけない口調に部屋が静まりかえる。サラがお茶をすする音だけが妙に大きく聞こえた。

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