第8話 いつか必ず守れるように

 役所に爆発音の知らせが届いたと聞いて、レイフは嫌な予感がしていた。


 場所が昨夜の宿屋であると聞いた時点で確信し、町の衛兵数人と共に現場へと駆けつけた。町長とフラン主任は役所に残ったが、アイビーは「私は滞在の世話役ですから」と律儀に付いてきた。


 宿屋に到着し玄関をくぐると、サラが手当たり次第に床やら壁やらを殴る蹴るの破壊行為を働いているところだった。


「姉さん何やってるの!」


 破壊行為をやめてこちらを振り返ったサラは面倒臭そうに弁明する。


「お前ら危ねえからまだ入ってくんなよ。あいつどんだけ罠仕込んでるんだよ。戦った後の方が面倒じゃんか」


 聞けば刺客が仕掛けた罠を全て破壊している最中だという。解除なんて器用な真似は出来ないから全て発動させて片づけてしまおうというわけだ。豪快な姉らしい対処法だが、それにしても絵面がただの暴徒にしか見えない。


「あの、お姉様は大丈夫なんでしょうか」


 同じく説明を聞いていた守備隊の若者は当惑した様子でレイフに尋ねる。


「あぁ、そういう心配は要らないです。姉の魔法に罠はほとんど無効なので。ほら」


 レイフはサラの方を指差し、若者に見ているように促す。発動する全ての罠をかわし、打ち落とすサラの動きを目の当たりにして守備隊の若者は言葉を失っていた。


「それよりも、これ被害総額いくらなんだろう......」

「あの、あなた方は彼女のお知り合いですか?」


 目の前の惨状に憂鬱な心持ちだったレイフに話しかけてきたのは宿屋の主人一家だった。先ほど役場に来た少女も母親の影にくっついている。


 宿屋から事情を聞いたレイフは巻き込んだ事を深く詫びた。


「本当に申し訳ないです。せめて被害に関しては僕の名前を出してこちらに請求してもらえれば何とかなると思うので...」


 そう言うとレイフは懐から一通の紹介状を差し出した。その書面を見て宿屋の主は目を丸くした。近くに控えていたアイビーも驚いているようだった。


「あなた方はいったい何者なんですか」

「ただの技術者とその姉ですよ」

「いや、ただのと言うにはあまりにも......」


 宿屋の主は書面とサラを交互に見やる。ちょうど罠の処理を終えたのかサラが宿の外へ出てきた。


「お姉ちゃん!」


 これまで母親の影に隠れていた娘が飛び出し、サラに抱きついた。サラはしっかりと受け止め、頭をぽんぽんと撫でる。


「な?大丈夫だって言ったろ」


 太陽のようなサラの笑顔に安心しつつも、その身体についた細かな傷跡に気付いて娘の目に涙が貯まっていく。


「ごめんなさ、私、お姉ちゃん、ごめんなさいっ.....」


 サラは膝を付いて少女に目線を合わせる。


「お前はさ、両親を助けようとしたんだよ。怖かっただろうに。胸を張って良いんだよ。けれどもし、それでも自分を許せなかったら私と約束しよう」

「や、約束?」


 娘は鼻をすすりながらもしっかりとサラを見返す。


「強くなれ。喧嘩にって意味じゃないぞ。大事な人を、自分の気持ちを守れるような強い女になるんだ。もう悔しい思いをしないように。お前ならやれるさ。な?」


 サラは娘の目を真っ直ぐ見て笑う。


「うん、私、お姉ちゃんみたいに強くなる!」

「まあ、私ほどの女になるのは大変かもしれないけどな」


 娘はサラから離れて両親の元へ駆け戻っていった。


「姉さん、そろそろ良いかい」

「おうレイフ」


 けろりとしている姉にレイフは今日何度目か知れないため息をつく。


「あの子が役場に来た時点で気付いてたんじゃない?それなら一言言ってもらえれば僕や衛兵の人達も一緒に来れたのに」

「子供が一人震えて来てるんだぞ。親が人質になってる可能性が高いし、そうなると下手に刺客を刺激するような行動は取れねえだろ。警戒されにくい私一人で行くのが最善だったろ」


 普段は考えなしの姉だが、荒事に関しては非常に聡い。レイフは渋々肯定する。


「そうかもしれないけどさ」


 姉の実力を骨の髄まで叩き込まれているレイフだが、それでも心配しない訳ではない。姉だって無敵ではないのだ。


「ま、これで一件落着したし、そろそろ出発しようぜ。急がないと野宿になっちまう」


 サラはそう言ってレイフが抱えていた自分の荷物をもぎ取った。

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