第5話 『ネットワーク』

 交代で見張ると言いながらサラは熟睡し頑として起きず、結局レイフが一人でほぼ徹夜をする羽目になった。


「ほら、速く支度しろよ。町を出る前に町長んとこ挨拶に行くんだろ」

「ちょっと待ってよ姉さん......」


 レイフは大きなあくびをしながらのろのろと身だしなみを整える。盛大についた寝癖が未だそのままだ。


 二人は朝食を摂りに一階の共同スペースに降りた。すると昨夜出迎えてくれた少女がせっせと給仕していた。受付の奥にある厨房では宿屋の主人がオムレツとベーコンを作っていた。肉の焼ける良い香りが腹の虫を刺激する。


「おはようございます!熱いコーヒーはいかがですか?」


 ちょうど良かったとレイフは濃く熱いコーヒーを頼み、なんとか頭を目覚めさせようとするのだった。


 荷物をまとめ終えた二人は出迎えに来たアイビーに連れられ、町長の待つ町役場を訪れた。ガーデン程では無いにしろ立派な石造りの建物が二人を出迎えた。様々な受付並ぶロビーを横切り、二人は町長の待つ執務室へと案内された。そこには町長だけでなくガーデンのフラン主任も待っていた。


「おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」


 自身は良く眠れたのであろう町長の挨拶に対してレイフは曖昧に笑って誤魔化す。サラもレイフも昨夜の襲撃をここで説明する気はなかった。


「フランさん、僕らはもう出発しますがブラウザの使い方は大丈夫そうですか?」

「はい。昨夜は所員一同、興奮してガーデンに泊まってしまいました。遙か遠くの町で起きたその日の出来事が瞬時にわかるなんて、まるで神の奇跡だ。知っていますか、先日王都コンバラリアでは第四王女がお産まれになったそうです」


 フランの話に町長は目を丸くする。


「それはおめでたい!我が町としても祝辞を贈らねばならぬな。アイビー、直ぐに手配しておくれ」


 情報というのは一種の麻薬のようなものだとレイフは思う。伝えられる事柄により人々は感情を揺り動かされ、時には行動をも変える。アイビーは「かしこまりました」と一礼し部屋を出ていった。


「そうだレイフ様、ひとつ聞いておきたい事がありました」

「なんでしょうフランさん」

「私達は肝心な事を聞き忘れていました。この伝達技術、名称はなんと呼べば?ブラウザでよろしいのでしょうか」

「あ。えーと、ブラウザはその魔石板の名前なので......」


 こういう時のレイフは照れから視線を泳がせがちだ。技術の仕組みそのものについては饒舌に語るが、それを発見したり発明した自身にスポットが当たる事柄については恥ずかしくなるらしい。


 それがまどろっこしくて仕方がないサラは並んだ弟のつま先を踵で踏んづけた。たまらずしゃがみ込んだレイフは姉に抗議の声を上げる。


「ちょっと姉さんっ」

「急ぐんだろ、さっさと説明しろって」

「わかったよもう。ホント乱暴なんだから......」


 二人のやりとりを町長もフランも苦笑しながら聞き流す。サラの無礼講については昨夜の晩餐で嫌というほど理解していたからだ。


「この世界樹を用いた伝達技術の事を、僕はネットワークと呼んでいます」

「ネットワーク...」

「古い言葉でネットは名詞の網、ワークは働きや運ぶといった動詞の意味があります。世界樹同士の魔力の繋がりはまるで網目のように世界を覆っています。その網目に乗って無数の情報が運ばれている様を指して命名しました」


 魔力の繋がりは目に見えない。しかしその繋がりは確かに世界中に行き渡り、世界樹はこの世の情報を貯め込んでいるのだ。


「ひとつだけ、これからネットワークを使う皆さんに覚えておいてほしい事があります」


 町長とフラン主任は顔を見合わせ、レイフに先を促す。


「確かに世界樹は膨大な情報を記録しています。しかしその大半は私達人間には理解出来ない形なんです。樹の知覚と私達の知覚は違い過ぎて、私でも未だに意味のある情報は引き出せません。つまり、私達がネットワークから得る情報とは全て他の人間が書き込んだものです。手紙や伝言と何も変わりません。つまり.....」

「そこには嘘があるかもしれないっつーことさ」


 言葉尻はサラが引き継いだ。レイフも頷く。


「ネットワークはあくまで道具です。得た情報を信じるかは良く考えて判断してください。時に情報は命を左右しますから」


 サラとレイフの真剣な言葉に町長とフランは黙って頷いた。

 その時、先ほど部屋を出たアイビーが戻ってきた。


「失礼致します。玄関に昨夜お二人が泊まった宿屋の子が来ているのですが......」

「子供?」


 二人に心当たりは無かったが、とりあえずアイビーに連れられ役場のロビーまで降りていった。


「あ!お兄ちゃんお姉ちゃん!」


 少女は二人に駆け寄り、サラの足にぎゅっとしがみついた。


「あの、あのね。お、お部屋にわ、忘れ物があったから取りに来てくれないかって、お、お母さんが」


 まるで下手な芝居の台詞のようにつっかえながら喋るその子の手が、怯えるように震えている事にサラだけが気が付いた。


「うーん、忘れ物なんてあったかな。ちゃんと全部入れたと思うんだけど」

「あぁ、いいよいいよ。ぱぱっと行ってくるからちょっと待ってろ」


 その場で荷物を確認しようとするレイフを止めて、サラは女の子の手を引いてさっさと役場を出ていった。


「さて、と」


 その場にしゃがんで女の子の目線に合わせたサラは、普段は見せないような優しい笑顔で問いかける。


「急いだ方が良いんだな?」


 その子は目をぎゅっとつむって何度も頷いた。サラはくるりと背中を向け、少女に乗るように促す。小さな手がサラの肩をぎゅっと掴む。


「しっかり掴まってろよっ」


 言うが速いか、サラは春風のように駆け出した。

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