第4話 宿屋の窓辺から

 ブラウザの設置作業とガーデン職員へのレクチャーが無事に済むと、町長が催した晩餐に招待された。町の有力者と引き合わされる退屈な席をなんとかやり過ごし、サラとレイフはアイビーの手配した宿へと案内された。大きくも無いが小さくも無い、品の良い瀟洒な作りの宿だった。


「お待ちしてました!」


 宿の受付で二人を出迎えたのは年端もいかぬ少女だった。アイビーとは顔見知りのようで、両親は今ふたりとも手が放せず少しだけ自分が店番をしているのだと話していた。


「それでは後はお願いします。サラ様、レイフ様、また明日の朝お迎えにあがりますので」


 最後まで丁寧な姿勢を崩さずに宿を出るアイビーを見送ると、小さな宿屋さんが弾むような口調と足取りで二人を部屋まで案内した。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんのお部屋はこっちだよっ」


 おそらくこの宿屋でも上等な部屋なのだろう。しっかりとした調度品の数々に、ベッドが二つ置かれても圧迫感の無い広さの部屋だった。今は暗くて見えないが、バルコニーの付いた大きな窓からの景色も良さそうだ。


「明日の朝食楽しみにしててね!私も手伝うんだからっ」


 宿屋の娘は満面の笑顔でそう言い残して受け付けへ戻っていった。

 それを見送り、部屋に入るなりサラは用意されたベッドへとダイブして大きなため息をつく。


「あー堅っ苦しい晩飯だった......」

「嘘でしょ。あんな自由に振る舞っといて」


 レイフは備え付きのランプにマッチで火を入れて部屋の明かりを灯した。


「私としてはこんなお行儀の良い服を着てただけで誉めて欲しいんだけど」


 そう言ったサラは着ていたそれを脱ぎ捨てて簡素な下着姿になってしまう。


「ちょっと。ちゃんと脱衣所で着替えて来てよ」

「うっせーな、姉弟だろ」

「モラルの問題だよ」


 サラは弟の苦言など聞き流してベッドに転がる。ホテル側の掃除が半端だったのか微かに埃が舞った。サラは思わず咳込んだ。


「子供みたいに飛び込むからだよ、窓開けるからね」


 レイフが窓の鍵を開けて押し開く。ひんやりと湿り気を帯びた夜風が部屋に吹き込む。緑の匂いがした。窓の向こうは森と共に深い闇が広がっていた。


 ひゅっ。

 サラの耳が微かな風切り音を捉えた。


「レイフ!」


 窓に対して背を向けていたレイフは瞬時に身を伏せた。レイフの頭があった場所を何かが通り過ぎ、サラがベッドから跳ね起きる。


 身体は伏せつつ顔を上げたレイフは、刀身まで真っ黒なナイフが壁に突き刺さっているのを見た。


 警戒を解かず外の暗闇を凝視していたサラは、慎重な動きで窓を閉めてカーテンを閉じた。レイフも窓際を避けて立ち上がり、洋服についた埃を払う。


「例の奴かな?」

「もう気配はねーな。この手際、やっぱりプロだ」

「今夜はどうしよう?」

「十中八九今夜はもう何も無いだろうけど、そんな憶測で命かける訳にもいかねーからなぁ。ったく面倒だけど交代で見張るかぁ」


 サラは乱暴に頭をかきむしり心底鬱陶しいという声音で言い放った。

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