第2話 姉弟

「うまい!ただ辛いだけじゃないこの味の深み最高だなっ」

「わかったから姉さん。もう少し静かに食べてよ」


 ホルトに到着して最初に見つけたダイナーで二人は昼食をとっていた。周囲をはばからないサラの態度は周囲から注目を集め始めており、レイフはあちこちからの視線に居心地の悪さを感じていた。


 小綺麗な格好をしているサラは、一見華奢でどこぞのお嬢様に見えなくもない。顔の造作が無駄に良いせいもあるだろう。


 地味な服装にメガネをかけ、大きな旅行鞄を持ったレイフはその従者とでもみなされていそうだ。


 彼は隠すでもなくため息をつく。注目を集めると余計なトラブルに巻き込まれやすい。短くはない旅で学んだ事の一つだ。そんな懸念が頭をよぎった矢先だった。


「おい!お前いま俺の足を踏んだだろ!」

「も、申し訳ございませんっ。でも、いま、お客様が自分から足を......」

「あぁん?アニキが何したって言うんだぁ?はっきり言ってみろや。踏んだのはそっちだよなぁ?」


 背後から聞こえてきた物騒なやりとりにレイフは思わず振り返る。どうやらダイナーの給仕をしている女の子に柄の悪い男ふたりが絡んでいるようだ。女の子はなるほど弱気そうだが整った顔をしている。男達はにやにやとした笑みを浮かべ彼女にも周囲にも威圧的な態度を振りまいていた。


 レイフは嫌な予感がした。


「姉さ.....ん」


 サラの方に向き直ると既に彼女の姿はそこにはなかった。周囲の客達が気まずい顔をする間も無い早さだ。


「ねぇ、私見てたんだけど足をひっかけて来たのはそっちでしょう?か弱い女の子いじめてちょっとみっともないんじゃない」

「あぁ?誰だてめえ」


 サラは男達の前で腕を組み、仁王立ちで言い放つ。姉はこういう事を見過ごせないタチなのだ。


「私はただの通りすがり。旅人よ旅人。せっかくのご飯がまずくなるから下らないことはやめろって言ってんの」


 男達がサラを舐め回すような視線で値踏みする。途端に彼らの表情が怒りから嫌らしいにやけ顔に変わっていく。


 大柄な男達の胸ほどの身長しかなく、シンプルだが上品なワンピースに身を包み、艶やかで長い黒髪を揺らす、一見するとお嬢様のようなサラである。彼らは世間知らずのどこぞの令嬢が正義感を振りかざしているのだろうと完全になめきっていた。


「じゃあ変わりにお嬢ちゃんが俺達の相手をしてくれんのかい。それでも構わねえぜ、なあ?」


 二人組の男達は顔を見合わせて品のない笑い声を響かせる。


「ほら来いよ、一緒に飲もうぜ」


 太り気味な男の方がその毛深い腕でサラの二の腕を触った。

 刹那、空気が凍ったかのようにサラを取り巻く雰囲気が変わった。しかしその事にいち早く気付いたレイフが慌てて仲裁に入り、男の腕を引き剥がした。二人の間に割って入り、サラに向けて取りなすような笑顔を向ける。


「まあまあまあ、その辺にしとこうよ姉さん」

「何なんだ次から次へと!」


 レイフは背後で吠える男を無視して姉だけに言い聞かせる。


「ここは僕が収めるから姉さんは残りのご飯でも食べてて。折角の料理が冷めちゃうよ」


 笑顔の弟をたっぷり五秒は睨み付けたサラだったが、鼻を鳴らして自分の席へ戻ろうとした。その時。


「無視してんじゃねえよっ」


 太めの男がレイフに向けて拳を降り降ろした。しかしその拳は空を切り、次の瞬間男の体は背中から床に打ち付けられていた。どすんっという衝撃が店内を震わせる。


 カチャカチャとサラが食事を再開した音と男のうめき声だけが響く店内で、誰もが呆気に取られていた。


 最初に正気に戻ったのは連れの男だった。「ふざけてんじゃねえぞっ」レイフに掴みかかろうとしたその腕は捻りあげられ、膝裏への軽い蹴りによって体勢が崩れた男はあっと言う間に脂ぎった店内の床に転がされていた。


 傷みと屈辱にうめく男の横っ面、その目の前にレイフの拳が正確に振り降ろされた。床板が鈍い音を立てて軋み割れた。


 ゆっくりとした動作で立ち上がるレイフはメガネのずれを直しながら落ち着いた声で語りかける。


「ぱっと見で弱いと思いました?これでも一応、物心ついた頃から十年以上武術を叩き込まれて育ちました。あまり才能は無かったんですけどね。それでも、まあこれくらいなら」


 レイフの眼鏡の奥に光る冷たい眼差しと、割られた床板を交互にみやり、男達は固唾を飲んだ。やがてよろよろと立ち上がると虚勢の悪態を付きながら店を出ていった。


 その背中に向けて呟かれた「僕はあなた方こそ助けてあげたんだけどなぁ」というレイフの言葉は誰の耳にも届かなかった。悪役が退場した店内は歓声に包まれていたからだ。


 レイフはへらりと笑って歓声をやり過ごすと、店主に床板の賠償を申し出たり、給仕の女の子から何度もお礼を言われていた。サラはその間退屈そうにだらだらと料理を食べていたが、そこへ新しいお客がやってきた。


 その人物は店内を見渡すと真っ直ぐにサラとレイフの所へやってきた。


「サラ・クロエ様、レイフ・クロエ様のお二人で間違いないでしょうか」

「なんだあんた」


 隙のないフォーマルな服装と姿勢、飾り気のない四角四面な雰囲気を纏ったその女性はここホルトの町長に仕える秘書だと名乗った。


「ニナ・アイビーと申します。この町でのお二人のお世話を仰せつかっている者です。町長が『ガーデン』でお待ちですのでご同行願えますか」


 サラはグラスを一気に飲み干して立ち上がった。

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