第43話

「あのー、神父様……。そんなに自分が人間じゃないことがショックやったやの? さっきから微動だにしてないやの」

「いえ。そもそも人間とは何だったでしょうか……」

「そこからやの!?」

 私が仮に人間でないとして、人間の定義は何だろうか。

 けいはサキュバスだ。サキュバスの定義は……、ツノ、翼、尾、それにスキルか。淫魔族共通の魅了チャーム吸精ドレイン。これが揃えば、サキュバス、だと思う。あと、服装か。サキュバスはみな露出度の高いテカテカしたエナメル質の服を着ている。

「けいの服は何処で買ってるんですか?」

「ウチの服は神父様のほうが知ってるんやないの?」

「今着ているものではなく、サキュバスの標準服のほうです」

「それなら、魔界なら何処でも売ってるやの。淫魔のやってる店で選び放題やの」

「淫魔がヤッてる店……」

「それは意味が違う予感がするやの」

 なるほど。魔界にもきちんと服屋があるらしい。

 わざわざ足を運んだことはないが、魔族についての知見を深める必要もあるな……。だが、聖職者である私が向かうのはまずい。

 夏樹が赴いても歓迎してくれないだろう。エクソシストなんて、敵のはずだ。

「魔界ってどうやって行くんですか?」

「神父様。そんなことも知らへんの? 仕方ないからウチが教えてあげるやの!」

 これ見よがしにドヤ顔をしている。こういう時しか威張るタイミングが無いので、許してやろう。私は司祭なので、慈悲深くあるべきだ。

「魔界に行くには、魔法陣を描けばええの!」

「けいも描けるんですか?」

「ウチは帰る必要無いやの」

「私は、お前の両親に挨拶に行かなくて良いんですか?」

「……ウチ、両親おらへんの」

 少し申し訳ないことを言ってしまったな。そういえば、この娘の生まれについて、私は全く知らない。両親はいないということが今わかったが。

「すみません。きょうだいはいないんですか?」

「ウチ、ひとりっこやの。ウチを育ててくれたんは、昔ブイブイ言わせてたベテランのサキュバスやの」

「一応サキュバスに育てられてはいたんですね」

「そうやの。サキュバスのお母さんとインキュバスのお父さんがおったの」

 サキュバスとインキュバスは同じ存在とも聞いたことがある。どちらも種の繁栄のために人間と交わって子を産ませるものだと。

 サキュバスがインキュバスに、インキュバスがサキュバスになることもあるらしい。ということは、けいもインキュバスになれるのか?

「けいって、インキュバスになれるんですか?」

「神父様は美少年のウチを見たいってことやの?」

「違います。美少年って自分で言うのもすごいですね」

「ふふん。ウチには魅了チャームがあるから――」

「私には効かないですけど」

「そうやった……。どっちにしろ、ウチはインキュバスにはなられへんの」

「それはどうして?」

「どうしてって言われても、ウチはサキュバスやの」

「だから、サキュバスはインキュバスにもなれるんじゃないですか?」

「それは昔の図鑑の知識やの! ウチは無理やの!」

 けいは無理ってことだろうな。この感じだと。

 それならそうと言えば良いのだが、彼女には彼女なりのプライドというものがあるのだろう。尊重してやろう。

「ウチのことよりも神父様やの。神父様は人間やないの」

「私は人間です」

「だから、人間やないの! 認めてやの!」

「認めても認めなくても、私は司祭です」

「それはそうやの」

「だから、どちらでも良いです」

 母がダークエルフだから私を魔族だと勘違いするものも今までにいたくらいだ。今更どうでも良くなってきたな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る