第42話

 朝食を取り、食後の祈りも済ませた。

 食器の後片付けをけいに頼んでおき、私は始業の祈りを始める。

「すべてを造り、治められる神よ――」

 私達を悪からお救いください、と言葉もあるが……、教会に魔族の、それも淫魔を住まわせているのはどうなんだろうか。今更考えたところで無意味か。それに、魔族の中にも神を信じる者はいる。

 魔族は魔族らしく魔神を讃えていると思っていたが、魔神は魔神であって、種族の名であるらしい。夏樹がどうこう言っていたが、半分しか聞いてなかった。

 さて、私が庭で花に水やりをしていると、修道女姿のけいが近付いてきた。片づけが終わったので手伝いに来てくれたのだろう。

「なんやかんやでお前ってきちんと私の言うことを聞きますよね」

「だって、神父様に従わな殴られるやの」

「人聞きの悪いこと言わないでください。それだと私がとんだ暴力野郎になってしまうではないですか」

「うーん……。あながち間違いでもないと思うやの……。ウチ、しょっしゅう投げ飛ばされてるし」

「投げ飛ばすのはお前が余計なことをするからでしょうが。きっかけがなければ私だって無意味に投げ飛ばすことはありません」

「そう言われてみればそんな気もするやの」

「気ではなく、私から仕掛けたことはありません」

 とは言ってみたが、果たしてすべてがそうだったか記憶していない。私も完璧ではないから、この娘に理不尽な暴力をふるっていた可能性もある。

 それは……、聖職者としてどうだろうか。懺悔するにしても、鏡の前で罪の告白をして自分で自分を許すしかないしな……。夏樹に話してみるか?

「あ、神父様。このお花、枯れかけてたのに、蕾ができてるやの」

「本当ですね。夏樹から貰った栄養剤が効いたんでしょうか」

「どんなお花が咲くか楽しみやの」

「薄桃色の花が咲くと思いますよ。開いてなくても色はわかるでしょう」

「そういう意味で言ったんやないやの」

 それなら、どういう意味で言ったんだか。

 私にはけいの言葉に含まれた意味がわからない。普段から人の話を聞いてもいまいち噛み合わないこともあるが……、こういうことで再認識するのか。

「神父様どうしたん? 元気無いの。悩み事でもあるん? おっぱい揉む?」

「揉みませんからいちいち聞かないでください」

「でもでも、悩み事はありそうやの。ウチが話聞くやの。ほら、話してやの」

「……魔族に話すようなことはありません」

「もー。またそんなこと言うて。ウチは、神父様のお嫁さんやの。なんでも話してくれたらええの」

「私は司祭なので嫁は貰えないと言いましたが」

「事実婚ってやつやの」

 信徒にでも何か吹き込まれたのだろうか。けいはご年配の方々に人気だ。孫娘のように扱われて好かれている。

 正体がサキュバスと知っていても受け入れてくれているのだから、この町の人々は、心の優しい人ばかりで良いものだ。

「それなら、もっと私の妻らしくふるまってください」

「っ! 神父様、このタイミングでその顔は反則やの」

「顔? 私の顔が何か?」

「無自覚なのがズルいやの。ウチに魅了チャームかけ続けてるやの!」

「は?」

 私にそんなスキルは無いはずだが……。

 体内に魔力回路も魔力嚢も持っているが、私は人間だ。

「私は人間ですよ」

「…………神父様。人間は、体内に魔力嚢持ってないやの」

「魔術師は持ってるじゃないですか」

「あの人らは、半分魔物の血が混ざってるから、人間とは言い難いやの。それに、神父様はお母さんがダークエルフやし、純血よりも魔力保持してるから、もう人間とは程遠い存在やの」

「それなら自称人間で良いです」

「む、無理矢理やの。認めて受け入れてやの! 神父様は人間ではないやのー!」

 けいは両手をぶんぶんして訴えている。私が人間ではない、か……。

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