第34話

 夕の祈りを済ませた時分に、けいが戻ってきた。見知らぬカバンを提げているので貰ったのだろう。

「おかえりなさい。よく頑張りましたね」

「ウチ、仕事の出来が良かったらしくて、いっぱい報酬貰ったやの。またお願いしたいって言われたの。これは受付の悪魔がお詫びにって」

「そうですか」

 カバンは逃げ出した悪魔から貰った物らしい。中には菓子類が入っていた。悪魔のーと頭についているので、魔族用のものかと思いきや、悪魔的に美味しいという商品らしい。悪魔的にだと人間だとどうなるかわからないものだな。

「神父様受け取ってやの」

「これはお前が貰ったものですから、お前が食べてください」

「じゃあ、一緒に食べよ。そうしたら文句ないやの!」

「文句は言ってませんよ」

 別の言い方があるはずだが、まあ、いちいち言う必要は無いか。

 それよりも、仕立て屋から預かっている服を見せてやらないとな。

 私は丁寧に化粧箱に入れられた箱をけいに押し付ける。

「これは?」

「プレゼントです」

「ウチに? 開けて良い?」

「お前が開けなくてどうするんですか」

 けいは箱をパカッと開く。

 取り出されたのは、真っ白な――純白と言ってほどの、ドレスだ。

 仕立て屋が作っただけあって、細かい装飾が綺麗に施されている。

 彼女の反応はどうだろうかと顔を見る。

 けいは頬を赤らめて、大きな瞳からぼろぼろと涙を流していた。どうして泣いてるんだ?

「どうしました?」

「神父様……、ううん、小焼様、これって……」

「プレゼントですけど、何か問題でも?」

「問題、大アリやのっ! ウチ、サキュバスやの!」

「はぁ? それは知ってますけど……」

 急に自分がサキュバスであることを言ってどういうつもりだ? それは最初から知っているんだが。

「小焼様は司祭やから、こんな……」

「私が司祭であることとこの服はあまり関係無いと思いますが」

 仕立て屋がけいに着せようと持ってきたものだ。私が司祭だろうが何だろうが一切関係ない。

「小焼様ったら、ウチのこと、そんなに好きやなんてぇ。内緒でこんなドレス準備してるなんて、もー!」

「いえ、別に準備してなかったですし、私も今日貰ったばかりなんですよ」

「へっ? これ、小焼様がウチのために準備してくれたんやないの?」

「仕立て屋の娘が作ったから持ってきてくれただけですよ。お前に着てほしいとは言っていましたが」

「そ、それなら、ウチ、小焼様のお嫁さんになられへんの?」

「私は司祭なので」

「じゃあ、何でウチにウエディングドレスなんて渡してきたんやの?」

「もう一度言いますが、仕立て屋の娘が作ったんですよ。ああ、なんだか見覚えがあるデザインだとは思いましたが、ウエディングドレスだったんですね」

「うわーん!」

 けいはドレスを箱に戻してから、びーびー泣き始めた。泣かれると困る。正直言って対応の仕方がわからない。サキュバスだから触れてやれば泣き止むかもしれないが、それで味をしめられるのもまずいしな……。

「泣かないでください。困ります」

「小焼様がウチを騙したやのー! ウチ、嬉しかったのにー!」

「私は何も騙してませんが、騙すようなことをしていたなら謝ります。申し訳ありません。なので、泣き止んでください」

 聖堂でへたり込んで泣かれ続けると困る。信徒が帰った後であることだけが救いだが、下手すれば町中に泣き声が響いてしまっていそうだ。

 仕方ない。あまりやりたくはないが、触るしかないか。

 顎を掴んで唇に噛みついてやる。

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