第35話

 けいは泣き止んだ。

 やや魔力の消費を感じたが、これは彼女がサキュバスなので、吸精ドレインされたんだろう。種族的な本能なので、これについては防ぎようが無い。

 さて、泣き止んだのは良いが、けいは顔を赤くしたまま動かなくなってしまった。いつも頬がリンゴのように赤い娘ではあるが、ここまで赤くなってしまうと茹でられたタコのようにも見えてしまう。タコと言えば、冷蔵庫に入っていたな。きゅうりと共に酢の物にするか辛子で食べるか悩むところだ。辛子醤油で供するのも良いしな。いっそのことたこ焼きをにしても良いな……。

 腹の虫が鳴いている。この娘の相手をすると腹がよく減る。常に独特の甘い匂いを漂わせているからだろうか……、乳製品の甘い匂いもするが、それは牛乳の影響だろう。

「小焼様にキスされたやのー! きゃーっ!」

「何言ってんですか……」

 これが初めてでもないと思うが、けいは頬に手を当ててデレデレしている。

 まあ、動いたので放置しておいても大丈夫そうだな。

 司祭館に戻り、夕飯の支度を進める。タコの他にイカも余っている。エビもあったな……、ここまで残っていると貰い続けるのも考え物だ。信徒達は厚意で持ってきているので断るのも悪い気がする。孤児院に運んでもらうように伝えたところで、既にあちらに贈っていることも多くあるので、本当に扱いに困る。

 けいが来てから食材が倍に減っているはずなのだが、信徒達が気を利かせて倍に持ってきているので……、けっきょくのところ、変わっていないのが現状か。

 上機嫌のけいが後ろをぽてぽて歩いている。

「暇ならさっきのドレス着てみてください。仕立て屋の娘さんに写真を送ってやらないといけませんし」

「はいやの!」

 けいはピシッと背筋を正して飛び出していく。

 ……そういえば、彼女はサキュバスなので、ツノはともかくとして、翼と尻尾が出る穴が無いと窮屈ではないか? あのドレスにそんな穴が空いているとは考えづらいが……。

 私が何か思うようなことでもないか。着替え終わるのを待っていよう。

 さて、まな板の上にはタコ、イカ、エビが並んでいる。冷凍保存していても良いが、長期保存すると旨味が抜けていきそうなので、こういうものは新鮮なうちに食べたい。

 キャベツも貰っているし、小麦粉もやけにでかい袋で寄付された。

 お好み焼きでも作るか……。

 キャベツを粗く刻んでおく。だし汁と卵を混ぜ合わせた後、小麦粉をふるいながら混ぜ合わせ、そこにキャベツも加え、ざっくり混ぜ合わせる。

 熱したフライパンに油を敷き、先程混ぜ合わせた生地を広げて焼いていく。やや熱が通ったところで、シーフードを乗っけて更に焼く。天かすも残っていたので一緒に入れておくか。食感が楽しそうだ。

 焼き目がついてきたところで、裏返し、更に焼く。フタをして蒸し焼きにすることで、中まで火が通り、早く調理が終わるし、焼き過ぎることも無くなるはずだ。

 中まで火がきっちり通るには時間がかかるので、この隙にソースと青のりとマヨネーズを出しておくか……。冷蔵庫に残っていたはずだが。

「小焼様ー。見て見て―。ウチ、着れたやのー」

「…………」

 純白のドレスに身を包んだけいが戻ってきた。頭飾りも一緒に入っていたのか、銀色の冠が輝いている。

 少し胸の辺りが痛い。なるほど、これが魅了チャームの効果か。

「どう? どう? 似合ってる?」

「翼も尻尾も出せるデザインだったんですね」

「そうやの。仕立て屋の娘さん、とっても良いデザインにしてくれてるやの。これなら、魔族も大喜びやの」

「それは良かったです」

 新作デザインの試着を頼まれたんだったか? どうだったか……。確かプレゼントだったよな? とりあえず、写真を撮って、仕立て屋に送ってやらないと。

 携帯端末を手に持つ。けいはドヤ顔をしている。キッチンで撮るものじゃないか。

「これが焼き上がったら聖堂に下りてきちんと撮影しましょうか」

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