第13話
アップルパイが焼き上がった。さすがに一個だけでは孤児院にいる人々に行き渡らないので、何個も焼く必要がある。大量調理用とは言え、魚を焼くのとは勝手が違う。スチームコンベクションオーブンにも限界がある。パイを大量に焼くことは難しい。
けいは完成したアップルパイを八等分に切り分けてくれていた。こういうことは任せておけば良いと思った矢先、つまみ食いしようとしたので、手を叩く。
「勝手に食べない。これは子ども達のおやつです」
「うー。ウチもおやつ食べたいやのー」
「もう少し我慢しなさい。余ったらあげますから」
「余るやの?」
「余りますよ」
小麦粉アレルギーや卵黄アレルギーに子ども達もいる。種族的に食べることが不可能な子や宗教上の理由でタブーになっている子だっている。ここは教会の運営する孤児院ではあるが、信じる神がある限り、改宗をさせる必要も無い。別宗教の神への讃美歌を歌うことにはなるが、そこは団体行動なので歌っているふりだけでもしてもらう。
「おー、なんか良い匂いがするなぁって思ったら、小焼がキッチンに入ってんだな。今日のおやつはアップルパイか。おはるさん良かったな、大好きなリンゴがたくさんだぞ」
「しかも小焼神父が作ったんなら美味しいに決まってるさね。助かるよ」
「はぁ……?」
何が助かるかはよくわからないが、助けられたのなら良いとしよう。
夏樹とおはるはけいが切り分けたアップルパイをテーブルに並べていく。
何個かピクシーのサイズに合わせて切っておく必要もありそうだな。孤児院にピクシー種がいないが、おはるが食べるには大きいだろう。わざわざアップルパイを食べるためだけに夏樹の貴重な魔法薬を飲ませてピクシーを人間サイズにすることもないはずだ。
とも思ったが、夏樹は甘いものがそれほど好きではないので、彼が自分の分のアップルパイをピクシーサイズに切り分ければ済む話だ。放っておくか。
アップルパイを切り終わったけいは私の腕に引っ付いてきている。またか。
「そんなに引っ付かないでもらえますか?」
「エネルギー充電してるやの」
「さっき牛乳飲んだんですから、足りてるでしょうに」
「足りてないやの。エネルギーと魔力は別物やの。サキュバスはくっついていたいものやの」
けいの言っていることはよくわからないが、サキュバスはくっついていたがる生き物のようだ。そういう種族なら、否定することもできない。アイデンティティを否定することはあってはならない。
だが、私は司祭であって悪魔と戯れてもいられない。ツノを掴んで放り投げる。
「ひどいやのー!」
「ひどくないです。お前がしつこいからです」
「シスターをぶん投げる神父が何処におるんやの!」
「ここにいますが?」
「……そういう意味やないやの」
けいはしょぼーんと肩を落としていた。反応がいちいち面白いな。表情がよく変わるので見ていて面白い。
そうしている間におやつの時間になった。子ども達が食堂に集まり、席に着いた子からアップルパイを口に運んでいる。
さて、私も休憩するか。夏樹の隣が空いているので座る。けいは私の前に座った。おはるはテーブルの上に小さなおもちゃのテーブルとイスを置き、夏樹のアップルパイを切り分けてもらっている様子だった。にこにこしながら食べているので、こちらも嬉しくなる。
「夏樹様はアップルパイ食べへんやの? おはるさんに全部あげるやの?」
「おう。おはるさんはリンゴ大好きだからな、いっぱい食べて欲しいんだ」
もきゅもきゅ頬袋を作りながらけいはアップルパイを食べている。小動物のようで可愛らしくも見えるが、口の中に入れすぎのような気もしてくる。
そんなことはさておいて、私も食べるか。今回のアップルパイの出来はどうか。
口に含んだ瞬間に歯にサクッと軽い食感が響く。焼き加減は上々だ。リンゴの甘みにシナモン芳香が馴染み、更に甘く感じるがしつこさは無く、爽やかな後味だ。我ながら、上手に焼けたな。売り物にはならないが、美味しい。
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