第10話

 食べてと言われてもな……。生のまま食べると腹を壊しそうだ。焼いてみるか?

 擦りついているけいのツノを掴んで距離を取る。なにかを期待したような瞳をしている。修道女服なので露出していないのだが、そのやわらかな体の曲線はわかる。

「食べてやの」

「煮物にするか焼くか考えています」

「そうやなくて! 性的に食べてやのー!」

 けいは両手をぶんぶん振っている。隣で夏樹が頬を掻きながら笑っていた。夏樹の頭の上に乗ったおはるはニヤニヤ笑っている。

「何度も同じこと言わせないでください。私がお前にエサを与えることはありません」

「ちょっとぐらいええやの。先っちょだけでもええから」

「それは男が言うセリフなんですよ。それよりも帰りますよ。長居は無用です」

「きゃあああっ、引きずらんといてやのー!」

 けいのツノを掴んで行きと同じように後部座席に放り込む。先程積み込んだ赤い果実のせいで車の中は甘い匂いで満たされていた。

 助手席に乗り込み、シートベルトをつける。夏樹は相変わらずの笑顔だ。

「サキュバスの相手してやらないで良いのか?」

「けいの相手はいつでもできます」

「そりゃそうだけどよ。教会だとできないこともあんだろ? 先っちょだけでも与えてやったらどうだ?」

「エクソシストのお前が言うセリフですか?」

「本来なら駄目だろうけど、他の男のところに行かれちゃ困るだろ?」

「それはそうですが……」

 ただでさえ教会に勘違いした旅人が訪ねてくるのだから、それの対処も考えないといけない。いっそのこと相手をさせたほうがサキュバスの健康面では良いのかもしれないが、それは癪に障る。それに相手をさせたことが地方に広がると、性処理を求める男共が来ても困る。神聖な教会を穢されるのはいただけない。

 夏樹に作ってもらったサキュバス用の栄養剤だけでは物足りないのも事実だろう。

「夏樹、以前作って貰った栄養剤の味のバリエーションを増やせませんか?」

「えー? できねぇこともないけど……、それよりも生のものを与えたほうが良いだろ。小焼の精液ならオーバーヒートしちまいそうだが」

 たまには、けいの意見も聞いてやろうか。バックミラーで彼女を確認する。……いつの間にか眠っていた。疲れているのだろうか。たいした業務もしていないから疲れるようなこともなさそうだが、エネルギーの節約でもしているのか。

「いっそのこと、神父の精液を元に夏樹が薬を作れば良いんじゃないかい? そうすれば、サキュバスも大満足のものになるさね」

 おはるの提案は悪いものではないが、夏樹が苦笑いをしているので丁重に断っておいた。それをやるなら夏樹でも問題無いくらいだ。

 サキュバスが求めているものは精液というよりは精力だ。生きる力を元にして生きている。生命力が強い男の側にいるだけで良かったはずだ。その生きる力をダイレクトに受け取れるのが精液だというわけで……、なにもしなくても別段問題はない。

 そうやって話をしている間に孤児院に着いた。車を降りて、後部座席のけいに触れて揺り起こす。「地震やのー!」と寝ぼけたことをぬかしていた。

「もうちょっと優しく揺らしてやんなよ。あたいでもそりゃ強すぎるってわかるさね」

 おはるは夏樹の頭の上であきれたような声をあげていた。私はなにかやっただろうか? ただ起こしただけだが。

 まだ寝ぼけているけいの顎を掴んで、唇をんで離す。途端に覚醒したようで小さくぴょんぴょん跳ねている。

「元気げんきやの!」

「そうですか。赤い果実を運ぶ手伝いをしてください」

「任せてやのー!」

 けいはスカートを広げて果実を入れようとしたので、近くにあった木箱を渡してそこに入れるように指導した。シスターがスカートを広げている姿を子どもに見せるのはまずいだろう。

 それにしても、甘い唇だったな……。事務の後におやつの準備をしておくか。

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