第5話

 いくらアクセルを踏んでも動く気配がない。それどころか、焦げ臭くなってきた。

 仕方ないので外に出て確認する。けいも助手席から降りてきた。

「あら、スライムが挟まってるやの」

「そういえば、夏樹に車を貸した時にもスライムがどうのって連絡されたことがありましたが……、なるほどこういうことか。けい、スライムを取ってください。ぬるぬる好きでしょう?」

「うーん……。確かにぬるぬるなのは好きやけど、これとそれとは別やの。どうせなら、ウチは神父様の――」

「ご褒美あげますから」

「任せてやの!」

 ご褒美をあげると言っただけで、けいは張り切っている。いったい何を想像したのかわからないが、ぬるぬるが好きな娘のようだから、任せておけば良いだろう。

 今まで森は車かバイクでぶっちぎって抜けるだけだったから何も考えていなかったが、現在外に出ている以上、万が一の場合も考える必要がある。魔物やモンスターが出てきても退治すれば済む話ではあるし、害がなければ何もする必要は無い。こちらから騒ぐから向こうも襲ってくるのであって、はじめから物盗りをしようと思ってきているわけではないはずだ。……と夏樹は言っていたような気もする。食料として扱われているなら、自然の摂理であるし、どちらも悪いとは言えないな。

「神父様ー。スライム取れたやの」

「お疲れ様です。この子生きてますか?」

「生きてるやの。分裂しちゃったけど、くっついたやの。神父様が無理矢理タイヤを動かそうとするからやの」

「それは悪いことをしましたね。すみません」

 けいは緑色のぬるりとした光沢を放つゼリー状の物体を抱きかかえている。目線があっているかどうかわからないが、屈んで謝罪しておいた。

 これがスライムだということはわかっているが、改めて見ると……美味そうに見えるな。子どもが食べるメロン味のゼリーがこういうぷるぷる質感だった。

 スライムはけいの腕をするりと抜けて、ぬちゅぬちゅ……と水音を立て、形を作る。けいそっくりになった。しかもツノも尻尾も翼もある。スライムにはサキュバスの姿に見えているということだろうか。

「ウチの姿になったやの!」

「ヤノ!」

「喋ったやの!」

「どちらが本物かわかりませんね」

「神父様よく見てやの! こっちが本物やの! こっちがサキュバスやの!」

 冗談だったんだが、けいには通じていないのだろうか。本気でわかっていないと思われているのか、必死にぴょんぴょん跳ねてアピールしている。その度に胸がぽよんぽよんと揺れているので、とても目の保養に良い。眼福とはこのことを言うのかもしれない。

 私が何も言わずに見ているからかスライムのほうも跳ねている。こちらはスライムなだけあって、跳ねる度に全身が揺れる。跳ねる度に、ぱちゅんっぱちゅんっと音が鳴るので、これはこれで……ほど良く良い音だな。

「神父様ー! ウチが本物やのー!」

「ウチガホンモノヤノ!」

「真似しやんといて!」

 スライムも調子に乗ってきたな。こっちは完全にからかってるだけなのが見てわかる。どうやらスライムのほうは私と同じようにけいをからかって遊んでいるだけだ。このまま見ていても面白いが、孤児院に向かわないと。害も無さそうなスライムだ。子どもの遊び相手にも良さそうだから、連れて行くか。害があったとしても、夏樹の研究資料になる。

「けいと遊びたいなら一緒に来てください。孤児院で働けるか聞いてやりますから」

「スライムも連れていくやの!?」

「孤児院はいつでも働き手を募集しています。夏樹に面接してもらいますよ」

「その前にウチの姿をやめてほしいやの」

「それはそうですね。元の姿になってください」

 私は車に乗り込む。スライムは助手席のけいの膝の上に乗っかった。

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