第3話
食事をテーブルに運ぶ。けいはすぐに右手にフォーク、左手にスプーンを持って食べ始めていた。もう少し落ち着いて食べてほしいところだが、けいはサキュバスだから人間とは異なる種族だ。魔族の食事はこうも慌ただしいものなのか……、と考えたところで、改めて尋ねる必要も無い。
牛乳瓶もテーブルに置いてやろう。食べ終わったら飲むだろうし、賞味期限が近いから、なるべく多く消費してもらいたい。
私はパスタだけでは足りないので、冷蔵庫からスモークサーモンと野菜類を取り出す。パスタを茹でている間に作れば良かったが、サラダはすぐにできるので問題無い。
アボガドもそろそろ傷みそうだ。これもサラダに使うか。
アボカドは種にあたるところまで包丁を入れ、縦一周に切り込みを入れて両手で捻って二つに分ける。種を除き、皮を剥いてから薄切りにしておいた。それから、レタスを手でちぎって皿に盛り、細切りにした大根と人参、冷凍のカットパプリカ、アボガド、スモークサーモンを並べる。そういえば、クルミもあったな。
「けい。クルミを割ってください」
「ウチの力やと無理やの。神父様なら割れそうやの」
パスタをもぐもぐしながら答えられた。
彼女は割ってくれそうにないので、自分で割るか。けいの後ろにアンティークのクルミ割り人形が置いてあるんだが、私は使ったことがないのでそのままにしておこう。夏樹がここで魔法薬を作る時に使ったぐらいだな。
クルミを左手に二個持ち、ぎゅっと握り締める。片方が砕けた。
「ほ、本当に素手で割れるやの……」
「お前でも割れると思いますよ」
「無理やの。絶対無理やの。恐ろしいやの……」
ぶるぶる震えつつもパスタを食べているので、食い意地の張った娘だな。
砕けたクルミの中身をサラダに盛り付けて、ドレッシングをかけて、サラダの完成。
テーブルに運ぶとけいがフォークを伸ばしてきた。
「食べようとしないでください」
「これ一人で食べるやの? 大皿やから、ウチの分もあると思ったのに……」
「期待させたなら誠に申し訳ございません。これは私の食事です」
「ウチもサラダ食べたいやの。神父様のサラダ頂戴やの。白いのいっぱい頂戴やの」
「仕方ないですね。……はい、大根です」
「確かに白いやの」
小皿を持ってきてサラダを取り分けてやる。大根が好きなのか特に目立った文句も言わずに食べている。
席に着く。今すぐにでも食事を始めたいところだが、それだと彼女と同じ魔族になってしまう。私は司祭だから、きちんと食前の祈りをしなければならない。
「主よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、私たちの心と体を支える糧としてください。私たちの――」
「神父様ー。サラダのおかわり欲しいやの」
「勝手に取って食べてください」
「はいやの」
私の返事を聞くや否やけいは大根を多めに皿に盛っていた。本当に大根が好きなのだろうか……。それならもっと入れても良かったな。
さて、私も食事を始めよう。腹の虫も大合唱をしているくらいだ。
今回クリームパスタに使用した麺は、フェットチーネ。通常のものよりも平べったくリボンのような形状のものだ。もちもちとした弾力があり、喉通りも良い。クリームソースがよく絡みついていて、しっかりと味を感じられる。クリームパスタなだけあって、クリーミィではあるが、しつこさがなくて食べやすい。具がキャベツと玉ねぎとベーコンだけなので、あっさりしているが、食べごたえはあまり無い。あまり噛まずに食べられるが、満足感を増やすためにも、キノコ類――例えば、ぶなしめじでもあれば良かったが、あいにく在庫切れだった。今度はキノコ類を入れて作りたいものだ。
ベーコンの塩味が上手く溶け込んでいて、味は良いのだが、腹はあまり膨れないな。サラダを作っていて良かった。レモン酢を使ったドレッシングなので、口の中がほどよくリセットされる爽やかさがある。にんじんの甘味が引き立てられるうえに、スモークサーモンがマリネされているようで、華やかな芳ばしさも感じられる。無くなったら買い足しておかないとな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます