第2話
事務作業に区切りがついたところで時計を確認する。
――ああ、まだこんな時間か。
けいはきちんと仕事をしているとは思うが、一応確認しておくか。勘違いした男が大量に来ていては彼女一人だと対応できないはずだ。町の人々と交流するにしても、シスターとしての知識はほぼ無いような娘だ。……サキュバスとわかっていて、わざわざ何かを説くように話しかけるような人はいないか。いや、性技については詳しいはずだから、夜の営みで困るカップルの相談相手にはなれるはずだ。そっち方面で相談役にさせるか……。
と考えつつ、畑を見る。八百屋に納品に来た農家の夫婦がけいに指導していた。……良いマンドラゴラができそうだ。
「うちのシスターにご指導ご鞭撻ありがとうございます」
「おー、神父様。今日も相変わらず良い男だねぇ! うちの人の次に! ほら、このキャベツあげるよ!」
挨拶するや否や肩をバシバシ叩いてくるのをやめてほしいが、ここの夫人はいつもそうだから気にしないようにしている。手を掴んで静止したところで、話す度に手を振るので、けっきょく叩かれることになる。
夫は夫で、熱心に指導を続けている。肥料をやる作業がいつの間にか美味しい野菜を育てるには、という話にすり替わっている。ここに植えてあるものは野菜ではなくマンドラゴラなのだが、隣の畑には人参と大根を植えているので、そっちの役に立つはずだ。
しばらく話を聞き流していると語りつくして満足した夫婦は去って行った。けいは明らかに疲労している。対話するだけで余計な力を使わせてしまったようだ。
「神父様……。あのご夫婦、すごく語っていくだけ語っていったやの。せめて実演していって欲しかったやの」
「そうですね。実際に見て学ぶこともあるでしょうし、けいの言うことには概ね同意します」
「肥料撒き終わったから、聖堂に戻ろうと思ったのに……。捕まったんやの」
「そうですか」
「疲れたやの。ウチ、エネルギー切れやの」
と言いつつ、引っ付いてきたので、ツノを掴んで投げ飛ばす。体は空中で一回転し、見事地面に着地した。
「神父様! ウチ、今、シスターやの! シスターを投げ飛ばす神父なんて野蛮過ぎて誰も来なくなるやの!」
「大丈夫ですよ。お前がサキュバスであることは町の全員が知っています」
「だからって、投げ飛ばしたら野蛮やの!」
「いえ。どちらかというと大道芸扱いされていますね」
周りの町民が目を輝かせて拍手をしていた。どうやら空中で一回転を決めた彼女への賛辞のようだ。
ここで腹の虫が鳴いた。どうもこの娘の世話をしていると腹がすぐに空く。そろそろ昼食の準備をしよう。
町民に対して両手を振ってドヤ顔をしている彼女の尻尾を掴み、司祭館に向かって踏み出す。
「ぎゃんっ! 引っ張ったら痛いやのー!」
「それなら、さっさと来てください」
幻術の影響で、町民にはけいの尻尾が見えていないので、不思議に思われている様子だった。それもそうか。急に痛がっているように見えるものな。
司祭館は聖堂の奥の階段から上がることができる。別の棟を造れば良いと思うが、私は建物について文句を言える立場でもない。ここは聖堂でもあり司祭館でもある。
そんなことはさておいて、昼食の準備をしよう。冷蔵庫を開く。賞味期限の近い牛乳から先に消費しないとな……。
鍋に湯を沸かしつつ、玉ねぎの皮を剥き、細切りにしておいた。ついでにベーコンも同じくらいの幅に切った。農家から貰ったキャベツも早いところ消費しておこう。一口大ぐらいのざく切りにしておいた。湯が沸いたので塩を入れ、パスタを茹でる。この後炒めるから早めに湯から出し水気を切る。
オリーブ油を熱したフライパンで先程切った野菜とベーコンを炒め、全体に火が入ったところで薄力粉を加えて炒める。その後、牛乳を加え、コンソメ調味料で味を調えて、とろみがでるまで炒めた後、茹でたパスタを投入し、ソースとしっかり絡んだところで皿に盛り付ける。
仕上げに、粗挽き黒胡椒をかけ、キャベツとベーコンのクリームパスタの完成だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます