第8話

 そのときでした。なんだか村が騒がしいことに気が付いたのは。

 ドタドタと廊下を走る音が聞こえてきて、扉が勢いよく開かれました。


「大変だ! 魔教徒の連中が現れた!」


 旦那様が息を切らせながらノックもなしに飛び込んできます。

 しかし聞き捨てなりませんね。このタイミングで魔教徒が現れてしまいましたか。

 恐らく、奥様をこんな姿にした元凶。熊がどうのは適当に言っただけです。

 奴らが現れるのはもう少し後だと踏んでいたのですが、相変わらず行動が読めない連中ですね。これだから世界から嫌われるのです。


「旦那様は奥様と息子さんと一緒に家に隠れていてください」

「旅人さん?! どちらへ?!」

「ちょっと出てきます」

「危険です! おやめください!」


 わたしは呼び止める旦那様の声を無視し、近所へ買い物に行くような気軽さで家を出ます。

 他の村人もパニック状態で、あちこち逃げ惑っています。

 わたしの真っ白な旅装束はこういうとき役立ちます。とっても目立っているので、何もしなくても向こうから見つけてくれました。

 悪魔を崇拝している魔教徒は悪魔をモチーフとした真っ黒なローブに身を包み、フードを目深に被っていて顔はよく見えません。目の前にいる魔教徒は体格からなんとなく男性だとわかります。


「人に救いを! 死の救済を!」


 男性ですね。声が。


「魔教徒はそればっかりで頭が痛いですね。やれやれです」


 簡単に言うと、「生きるのは辛く苦しいもの。だったら死んで悪魔様の器になって役に立て」というのが魔教徒こいつらの理念だそうです。反吐が出ますね。


「お前も死んで救われろ。悪魔様のために、世界のために!」

「やなこった」


 わたしは指で目尻を下げ、舌を出しました。

 魔教徒は禍々しいデザインのナイフをその手で振りかざして襲いかかってきました。


「いま楽にしてやる! ──っ?」


 振りかざしたナイフが振り下ろされることはありませんでした。

 わたしが手の平を突き付けるように構えると、魔教徒の動きが止まったのです。正確には止めたのですけど。


「お前、なにをっ……?!」

「生きることは辛く苦しいもの。その点だけは同意しますが、死は全ての生き物に平等に訪れます。ですが命の価値は平等ではありません」


 わたしはゆっくり、ゆっくりと、指を一つずつ折り畳んでいくように、手を閉じていきます。

 それに合わせて、魔教徒の体からバギッ、と骨の折れる音が響き、どんどん小さくなっていきます。


「あがああああああ?!」

「痛いですか? 苦しいですか? 辛いですか? 助けて欲しいですか?」


 言いながら、じっくりと焦らすように手を閉じていきます。その度に、魔教徒の体から骨の砕ける音が空気を貫き、悲鳴が脳を揺さぶります。


「た、たず、けて……!」

「わかりました、助けてあげます。素直な人は好きです」


 引き攣る声を上げる魔教徒にニッコリと笑ってあげると、フードの隙間から僅かに見える口元が安心に緩んだのが見えました。

 わたしは一気に手を閉じて握り拳を作ると、くしゃり、とおよそ人の体から出る音ではない水っぽい音を立てて、魔教徒は砂粒以下の大きさまで小さくなってしまいました。

 この大きさに圧縮されて、人間が生きているはずもなく。




「あなたたちがやっていることは、こういうことです」




 もうどこにあるのかよく見えない魔教徒の粒を踏みにじって吐き捨てたのでした。

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