第6話

「……今日は調子が良いので」

「なるほど。息子さんもそのように言っていましたね」


 わたしは気にした風もなくにこやかに答えました。


「普段はどのように食事を?」

「目が見えなくなってしまったので、夫か息子が食べさせてくれています」


 先程の声の大きさはどこかへ行ってしまって、最初に聞いた消え入りそうな声に戻ってしまいました。

 わかりました、わたしが手を貸さなければ食べられない、ということですね。やりますとも。


「では、お邪魔でなければお食事と一緒に旅の話などいかがでしょう? 旦那様と息子さんには喜んで頂けたのですが」

「是非お願いします。元々体が弱くてあまりこの村の外には出られなかったものですから」

「かしこまりました」

「ですが……その」


 奥様は何事か言い澱みました。わたしは聡いですから、何を言いたいのかは察しがつきます。


「お顔のことが気になるようでしたら、見ないように配慮しますが」


 奥様も立派な女性ですから、大怪我をした顔を誰かに見られたくはないでしょう。


「私は自分の顔が見えないので気にしていません。旅人さんにお見苦しい物を見せてしまうのが心苦しいのです」


 そんなことは本当に気にしないということをわかってもらうために、わたしは優しく言いました。


「それならば心配ご無用ですので、どうか安心してください」


 もっとむごい顔なんてそれこそ腐るほど見てきているので。とは言いませんが。

 それを聞いた奥様は安心したのか、顔の包帯をゆっくりと解きました。

 切り傷のような、引っ掻き傷のようなあとが顔全体を縦横無尽に駆け巡り、眼球が潰れて空洞が生まれていました。恐らく今の奥様は、目を開けてしまっていることも自覚していないでしょう。きっと綺麗な顔だったんだろうな、と想像することしかわたしにはできませんでした。


「では、まずは汁物からで良いですか?」


 舌や唇や喉を潤す意味でも、温かいうちが一番美味しい汁物を手に取ります。


「はい。お任せします」


 奥様のペースに合わせて旦那様が作ってくださった料理をそっと口元に運んでいきます。

 食事の邪魔にならない程度にゆっくりと、わたしは旅の話を語って聞かせました。

 日記をちゃんと付けているので、大体の出来事は話せます。ちなみに空き部屋でやっていた準備とは、自分の日記を読み返すことです。話をする準備をしていた、という訳ですね。

 奥様の食べ終わりと同時に話も終わるように、上手く調整しました。


「ごちそうさまでした。旅人さんも、貴重なお話をありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ部屋を貸してくださっているのですから、これくらいはお安い御用です」


 奥様には見えていませんが、わたしは身なりを整えて、本題を切り出しました﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅


「ところで奥様、聞いてもよろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょう」


 奥様は首を傾げました。




魔人になっていく﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅感覚はどうですか﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅?」




 わたしのその一言に、空気が固まったのでした。

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