第5話

 丁度とある準備が終わると、コンコンコン、と控えめなノックの音が部屋に転がり込んできました。


『旅人さん、夕食はいかがですか?』


 ドア越しに旦那様が声をかけてくれました。漂ってくる匂いからそろそろ夕食が出来上がってくる頃だろうと思っていました。


「頂きます。今行きますね」


 旦那様についてリビングへ行くと、息子さんが人数分のお皿を並べたりと忙しなく準備をしてくれていました。

 お手伝いができるなんて、できた息子さんですね。ご両親の教育が良かったのでしょう。

 しかも椅子まで引いてくれて、どこまで教育が行き届いているのでしょうか。これは将来有望です。


「ありがとうございます」


 息子さんに笑いかけると、耳を赤くして視線を逸らしてしまいました。そういうお年頃ということでしょうか。

 椅子に座ってテーブルに並べられた食事に、わたしは目を輝かせました。旅が長いと豪華な食事には縁がありませんから、まるで夢のようです。


「これはこれは、ご馳走ですね」

「久々に腕によりをかけさせて頂きました。地下水脈から汲んだ綺麗な水を使うのが秘訣です」


 旦那様は自慢げに言います。お料理には自信があるようで、どこか誇らしげでした。

 そしてわたしは思いました。やっぱり奥様は同席できないのか、と。

 食卓には三人分のお皿しか並べられていなかったのです。わかってはいましたけど。


「奥様は」

「あの状態ですから、あとで持っていきますよ」

「その……差し出がましいようですが、もしよろしければその役目、わたしにやらせていただけませんか?」

「それはまた……どうしてでしょう?」

「旅の話を聞いてもらうためです。長くなりますから」


 ここでも旅の話をして、奥様にも旅の話をするのは二度手間ではありますが、ただ旅の話をするだけなら尽きることはありません。同じことを語らなければいいだけの話です。


「そうですね……私から伝え聞くより本人から直接聞いた方がいいでしょうし、もしかしたら聞きたいことや話したいことなど、あるかもしれませんからな。お願いしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。突然の申し出で申し訳ありません」

「いえいえ」


 それからわたし、旦那様、息子さんの三人で食卓を囲み、旅の話をしながら食事をしました。

 あまり上手くはないわたしの話に関心を持って耳を傾けてくれて、こちらとしてもとても話しやすかったです。

 そしてわたしは食事を持って奥様の部屋へ。

 両手は塞がっているので扉の前で声をかけます。


「奥様、旅の者です。お食事と一緒に旅の話などいかがですか?」


 すぐに返事は返ってきませんでした。何かあったのか、それともただ眠っているだけなのか、不審に思ったとき、中から奥様の声が。


『おまたせしました。どうぞ入ってください』

「失礼します──ほっと」


 手が塞がっているのでひじを使って器用に扉を開けます。

 奥様は変わらずベッドに横になっていました。

 ベッドの脇に小さな机と椅子が備え付けられているので、そこに食事を置き、腰を落ち着かせます。


「手を貸します」

「ありがとうございます」


 上体を起こそうとしていた奥様の背中側に手を差し込んで、力を込めます。

 その背中は軽く、細く、骨張っていました。


「奥様──」


 わたしは目を細め、奥様の様子を窺います。




「──大きい声、出せるのですね」

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