第06話:耳かきのお時間

「さて、マッサージも終わりましたし、次は耳かきを始めましょうか?」


「……なんで急に耳かきなのか、ですか? それはもちろんお義兄様にリラックスしていただきたいからですよ。リラックスと言えば耳かき。耳かきと言えばリラックスと言っても過言ではありません。ささっ、まずはルナがお義兄様に膝枕をして差し上げますので、どうぞこちらへ」


 月に腕を引かれて半ば強制的に僕は膝枕をさせられた。


「お義兄様は耳の形も素敵ですね。こうしてまじまじとお義兄様の耳を眺めることはなかなか機会がありませんでしたから、しばらく眺めていたくなってしまいます。あまりにも愛おしいので少し意地悪をしたくなってしまいました。ルナの指先でお義兄様の耳をこしょこしょこしょ」


 月が僕の耳を指でくすぐる。


「ふふふっ、ごめんなさい。冗談はこれくらいにして、耳かきを始めましょうか」


「こうして誰かの耳かきをするのは初めてなので、もし不手際があればすぐに教えてくださいね。……うぅ、耳かき棒じゃなくアイスピックをもって耳の穴の奥深くまで貫くのなら得意なのですが。……いえいえいえ、まさかお義兄様にそんなことはいたしません! それはルナがまだ殺し屋だった時の話ですからっ」


「……はい、気を取り直して、耳かきを始めますね」


 耳かき棒が耳に差し込まれ、ゴソゴソという音がする。それに合わせるかのように月が「カリ、カリ、コリ、コリ」とオノマトペを口にする。


「……うーん、ルナ、上手く耳かき出来ていますか? 痛かったりしませんか? ルナはお義兄様に喜んでもらいたいのに、もし上手くできなくてお義兄様を不快な気持ちにさせてしまっていたらと思うと、だいぶ不安になってしまいます。……心配しなくても大丈夫、ですか? ルナの耳かきは気持ちいい、ですか? ……良かったです。お義兄様にそう言っていただいて、ルナは本当に嬉しいです」


「では、こちらの耳は掃除が終わりましたので、最後にフーッと息を吹きかけますね」


 不安そうに月が深呼吸を始める。


「……大丈夫、大丈夫。鼓膜を破らない程度に優しく優しく息を吹きかけるだけだから。……うん、ルナ、頑張る」


 すこし弱弱しいと思えるくらいの強さで「フーッ」と僕の耳に風を送った。

 そして、僕の耳元で囁く。


「……だ、大丈夫ですよね? 鼓膜、破れちゃったりしてませんよね? もしもーし、お義兄様、聞こえていますか?」


「……良かった。ルナ、無事に耳かきをすることができました。それでは反対側の耳もお掃除しましょうか」


 ルナの嬉しそうに弾む声に頷いて、僕は反対側を向いた。


「では、こちらの耳もルナが責任をもって綺麗にしますので、お義兄様は安心して身をゆだねてくださいね」


「……あっ、ごめんなさい。いま痛かったのではないでしょうか? 申し訳ありません、調子に乗ってしまっていたようです。……え? 痛くなかった? でも、結構強く引っ搔いてしまいましたよ? ……そうですか。お気遣いありがとうございます、お義兄様」


「……ふぅ、なんとかこちらの耳もお掃除が終わりました。それでは最後にこちらも息を吹きかけて終わりにしますね」


 相変わらず弱弱しいくらいの「フーッ」が僕の耳を撫でる。


「……くすぐったいですか? ごめんなさい、力加減が分からなくて。では、次はもう少し強く息を吹きかけますね」


 次の「フーッ」は、丁度良いくらいの強さだった。


「はい、お終いです。お義兄様に大きな怪我をさせることもなく終えることが出来て良かったです。すごく緊張しました。これでルナも耳かきマイスターですから、これからずっとお義兄様の耳掃除はルナのお仕事ですよ。まかり間違っても、他の女なんかに耳かきさせたらダメですよ? そんなことをしたら……ジェノサイド案件ですからねっ」

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