第05話:マッサージのお時間

「お風呂上がりで体が温まっているうちにマッサージを始めましょうか。お風呂上がりの今は、血行が良くなっていますし、リラックスして副交感神経が優位になっていますので、マッサージがより効果的になるのです」


「まずはこのタオルケットの上に横向きに寝ていただけますか?」


 僕が月の言葉にしたがって横になると、月が僕の背中側に座った。


「ルナはお義兄様の背中側に座らせていただきますね。ルナの顔が見れなくて寂しいかもしれませんが、すぐ側にいますから安心してくださいね」


「さて、お義兄様は、特に首から肩、背中にかけて疲労が溜まっているようなので僧帽筋そうぼうきんを中心にマッサージさせていただきますね」


 月が「うんしょ、うんしょ」というリズムに合わせて肩甲骨の内側あたりを指圧し始める。


「うわぁ。だいぶ凝り固まっているようです。これは毎日毎日お義兄様が頑張っている証拠ですね。ありがとうございます、お義兄様」


「マッサージの効果を高めるために深呼吸しましょうか。吸って―、吐いて―、吸って―、吐いて―。深呼吸しながらルナの指先で押されている場所を意識してください。だんだんとじんわり温かくなってきているのが分かりますか? まるでルナの押している部分に穴が開いて、そこから力とコリが抜けていくようなイメージをしてみてください」


「……まるで本当のマッサージ師みたいですか? さすがにそれは言い過ぎですよ。ルナは聞きかじりの情報でマッサージの真似事をしているにすぎません。それでも、お義兄様に少しはリラックスしていただいているようで嬉しいです」


「それでは、残りのマッサージを行いますので、反対側を向いてもらえますか?」


 僕は反対側を向いて寝転がる。


「ふふっ、眠たそうな眼をしていますね。ルナのマッサージは気持ちよいですか? その瞳をいつまでも見ていたくて名残惜しいですが、ルナはまたお義兄様の背中側に座らせていただきますね」


「こちら側もマッサージしていきますね。それではまた深呼吸しましょうか。吸って―、吐いて―、吸って―、吐いて―。ふふっ、お義兄様の深呼吸は、お義兄様らしくて可愛いですね。いつまでも見ていたい気分になります。それはそれで、他の女どもがお義兄様に寄り付いてしまわないか心配になってしまいますけれど。お義兄様、お願いですから家の外で、特にルナ以外の女性の前で深呼吸することがないようにお願いしますね」


「それでは次は仰向けになっていただけますか。今度のルカはお義兄様の頭側に座らせていただきます」


「今度のマッサージは、先ほどとは違い撫でるようにおこなっていきます。くすぐったかったりしたら遠慮なくおっしゃってくださいね」


「脇から指先へ。鎖骨の下から脇へ。鎖骨の上から下へ。首の横から鎖骨へ。まるで両手の指先から空気が抜け出していくように、だんだんと両腕と肩から力が抜けていきます」


「どうですか、お義兄様? 気持ち良いですか? 少しでもお義兄様の疲れが取れたのなら、ルナは本望なのです」


「それでは最後に、一番重要なマッサージをおこなっていきますね。ズバリ、ルナ以外の女どもがお義兄様に寄って来なくなるツボをマッサージします。……え? え? なんでマッサージを止めようとするのですか?」


「……そんなマッサージは必要ない? そんなことありません! このマッサージを行うことでお義兄様とルナは後顧の憂いを断つことができるのです! お義兄様もルナと同じ気持ちだと思っていましたが、違うのですか?」


 少しだけ緊張感をはらんだ声で月が問う。


「……まさかとは思いますが、ルナ以外に近寄りたい女がいるとでも?」


 僕が否定すると、月が安堵する。


「……良かったぁ。安心しました。もし仮にそんな女がいたとしたら、間違いなくジェノサイド案件でした。お義兄様の側にいるのはルナひとりで十分です」

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