第6話 物語を編むよろこび

前項で器用貧乏で中途半端な人間ですと自己紹介をしてきたが、実は一つだけ胸を張って「成功」と呼べる体験をしたことがある。


それは、高校時代に注力していた「小説」を書くことだ。高3の秋、僕は学生限定の小説コンテストで一番上の賞を受賞した。


初めに物語を書き始めたのは中学生1年生の頃だった。今でも覚えている。何の変哲もない緑の表紙のノートに、様々な話を書き綴った。確かその当時読んでいた小説の主人公が作家を志しており、それに触発されて自分も書いてみようとなったのだ。基本的にはミステリーものが多かった気がする。時間を見つけては親にもバレないよう、教科書の隙間に挟んだそのノートに世界を広げた。


そして同じような道を辿ったものならわかると思うが、大概主人公の名前は僕の名前と告示していた。くうーいててて、苦汁20%。でも、それなりに甘さのある思い出でもある。


そして、中学2年生になって、僕の作風に大きく衝撃を与える1冊に出会うことになる。それまでの僕はハッピーエンド大好き、最終的には世界は救われる!という思考だったのだが、この1冊というか1シリーズを読んだことで僕の歯車は120度ほど変わることとなった。


その本についての詳細は書くと長くなるため省くが、最も衝撃的だったのはその終わり方だった。


簡単にいうと、救われると思っていた作中のヒロインが救われること無く、というか救われたかどうかもやや曖昧なまま終焉を迎えたのだ。


しかし、対象的に世界は”ある程度”救われ、最終編は独特の空気感のまま終わった。今でこそよくある話だが、このじめっとした煮えきらない感情は当時の僕には初めての体験だった。この気持ちをなかなか消化することができず、しかし同時に何か新しい扉が開かれるような音もしていた。


そうして僕は無事、メリバ大好き人間になってしまいました。おめでとう。


その後も別にハッピーエンドの話を書かなくなった訳では無いが、高3の時に受賞した作品はこの影響を受けたほの暗い雰囲気の作品だった。間違いなくその本との出会いは僕の中での転機の一つだった。そして、この受賞も。


スマートフォンを手にしてから初めに行ったのが電子書籍を書くということだった。それが3年の時を経て身を結ぶ形となったのだ。受賞した時は塾で勉強をしていたが、メールを確認するなり慌ててトイレに駆け込み、自分とは思えないくらい派手なガッツポーズを掲げた。


それまでこうした活動は周囲に黙っていたが、この受賞をもって初めて僕は他人に自分の活動を吐露した。何を怖がっていたのだろうかと思うくらい、家族も友人も、一様にたくさんのお祝いの言葉をかけてくれた。


その後燃え尽きたように小説からは一旦身を引いてしまったが、その経験を活かすように曲の歌詞を書いたりゲームシナリオを作ったりした。間違いなく小説に情熱を捧げていた3年間は、様々な創作活動に影響を与えている。そう思うと、器用貧乏も案外悪くないのかもしれない。


ネガティブな気持ちで書き始めたこの自伝だが、冒頭に書いた通りこれは本当に僕だけが救われるエッセイになるのかもしれない。そう思うと、この活動も無駄じゃないのだろうか。




久々に昔活動していた小説サイトにログインすると、1通のメッセージが届いていた。差出人は、当時仲良くしていた1つ上の先輩だった。


どうやら、彼はその後も執筆活動を続け、受賞した作品が書籍化することになったらしい。急いでおめでとうございます、と送る僕の表情はもちろん──心から晴れやかだった。


こんな自伝を書いているくらいだから、きっと多少の妬みくらい含んでいるものだと思っていた。自分の現実と周りとの差に、打ちひしがれてしまうのではと。しかしそれは杞憂だったらしい。返信内容には、まるで自分も今後後を追うかのような期待感に満ち溢れていた。


それもそのはず。だってこの物語は、ハッピーエンドにすると決めているのだ。

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