愛。孤独。愛。
彼女は立っていた。紛れもない、私が存在する現実に。
私の観測者にして、私を変えた張本人。ハーティと名乗る、ピンクのロリータに身を包む少女の姿は、よく見知ったものだった。
「アンタ、夢じゃなかったの?」
「正確には、苺のアレは夢じゃなくて……って、そんなこと今はいいのです」
道の隅っこから立ち上がると、私の正面へ歩み寄る。吐息が当たるくらいの距離まで顔を近づけて、恍惚とした笑顔を見せてきた。
「苺、答えは見つかりまりましたか? 苺にとって、愛って何ですか?」
前に私がしたのと同じ質問。
「分かんないわよ。分かんない、けど」
分からないなりに考えて、一つだけ見つかった言葉がある。胸の中にあったそれを、私は口から吐き出した。
「私なんかじゃ、届かないもの」
それと同時に、酸っぱい何かが喉から溢れた。
「ふっ、ぐ、おぇ、ああ……」
ギリギリで屈み、ハーティにぶちまけるのは避けられた。
それでも、こんな姿になってる時点で迷惑だろう。私自身のことが嫌になった。
「それが、苺の答えなのですか」
ハーティは私の後ろへ歩き、一緒に屈んで背中をさすってきた。
「苺は、ずっと頑張って愛を探してきたのですね」
それから私の正面へ腕を回し、抱きついてきた。
暖かい温度に安心感を覚える。朝早くに目覚めた時の布団みたいな、逃れたくない心地よさ。
それは、私が求めてた物とは少し違ったけれど。
「苺は、紅守くんを愛していましたか?」
「うん」
「苺は、お母さんに愛されたかったですか?」
「うん」
「それでも紅守くんは、苺から離れていきましたか?」
「……うん」
「お母さんは、苺を愛してくれませんでしたか?」
「…………」
声が出なくて、小さく頷く。
「何で離れちゃったんでしょう?」
「分かんない」
「紅守くんの望みを、叶えられなかったから?」
「分かんない」
「お母さんの期待に、応えれなかったから?」
「分かんない」
「それとも、紅守くんには、もっとお似合いの人がいたから?」
「……分かんない」
「お母さんは、苺じゃない人を」
「分かんないってば!」
涙が頬を伝う。それを手で受け止めながら、ハーティは訊いた。
「こうなるはずじゃ、なかった?」
「うん」
「苺の好きな紅守くんは、どこか行ったりしない」
「……うん」
「苺の好きなお母さんは、苺を愛してくれる」
「うん」
「苺はなにも悪くない」
「うん」
「紅守くんとお母さんのために、ずっと頑張っていた」
「うん」
「じゃあ、きっと、苺は正しいことをしているんです」
一度その場で立ち上がり、私の正面へと回りこむハーティ。
「苺を見捨てた紅守くんが間違ってるんです」
「うん」
「紅守くんを奪った咲榴が間違ってるんです」
「うん」
「苺の頑張りが分からないお母さんが悪いんです」
「うん」
「苺が幸せになれないのは、苺以外の全てが、間違ってるからなんです」
「……うん」
「だから苺は、全部ぜんぶ、否定していいんです」
「……うん」
「ぜんぶ否定してから、紅守くんと一緒に待つんです。お母さんに愛してもらうんです」
「うん」
「苺の中にいる紅守くんは、苺を裏切ったりしない。苺の中にいるお母さんは、苺と一緒に笑ってくれる」
気づけば、ハーティはその場からいなくなっていた。
代わりに、私の一歩前に二人が立っていた。私が愛そうとした男と、愛されたかった女。
私の心を受け入れるかのように、二人は腕を広げる。
「今は休みましょう。苺が大好きな人と一緒に」
頭に響く言葉。
それに従って、倒れるように二人の間へ身体を預けた。
__路地裏に佇んでいた少女が、ドロリと消える。
その場でスライムのように、灰色に溶けた。かと思えば、少女だったものはブクブクと膨れ上がり、一軒家くらいの大きさに変化していく。
腰から下は、ピーナッツを奥に倒したような歪んだ楕円形。そこから四対の足が生え、身体を支える。
上半身は、祈りを捧げる女性のような風貌。そこには、かつて魔法少女だった者の面影が映る。
本来なら股に位置する場所、下腹部辺りにできた、琥珀色の丸い水晶体。他の部位と違い、ここだけはプニプニしていて柔らかい。
「愛とは動力。例えその享受者がいなくとも」
湧いて出た化物に対し、ハーティがうっとりと目を細める。
「苺、あなたは自由です。自由に、愛していいんですよ」
彼女が両手を広げると同時に、化物が飛びかかる。
車ほどの速さで衝突し、観測者は粉々に砕かれた。
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