虚栄アポロジー

『奏揮です。苺さん、今すこし』

「ごめん、忙しい」

『了解しました』

 学校帰り中、私はかかってきた電話を即座に切った。

 今月に入ってから、これで七回目。胸に溜まった罪悪感を流すために、私はあの人に会いに行く。

「よっ、待った?」

「うっす、全然待ってねえよ」

 後ろから背中を叩かれ、嬉しそうに振り返る紅守。

 前までも、学校帰りに紅守と待ち合わせすることはあった。それが最近では、ほぼ毎日こうして帰り道を共にしている。



 奏揮からの電話を断るようになったのは、この月に入ってからだ。

『奏揮です。苺さん、調子はどうですか』

「まあ、悪くはないわよ」

『ここから少し遠いですが、死相が出現しました。今から行けますか』

「あー、えっと」

 彼からの電話は、ほとんどが死相関連だった。

 仕事仲間のようなものなので、当然と言えば当然かもしれない。奏揮の都合で電話をかけられたことは無かった。

「それって、どのくらい遠いの?」

『電車で片道四十分くらいです』

「四十分」

 電話を繋げたまま、自分用のスマホを確認する。連絡アプリを通じて、紅守からのメッセージが表示されていた。

 これから遊びに行かないか、という内容。

「……ごめん、今日はちょっと無理」

『そうですか。了解しました』

 二つ返事の後、即座に通話は切れる。


 正直、かなり驚いた。

 食い下がられるか怒られると思っていたので、頭の中は言い訳でいっぱいだった。その必要が無くなり、私はただ唖然とする。

「……まあ、融通が効いたと考えようかな」

 前向きに、私は紅守との待ち合わせへ向かった。



 そんなことが七回続き、今に至る。

 私が行けないことを伝えると、奏揮はすぐ電話を切る。

 言い訳を考えなくていいから、楽と言えば楽。でもそれは、あくまで手間が省けて楽という話。

(なんで奏揮は、私に踏み込まないんだろう)

 私の心は重い。

(私がいなくても平気ってことかな)

 奏揮の態度からそんな予測をして、一人で落ち込む。

 今から行けば、まだ間に合うだろうか。奏揮は喜んでくれるだろうか。


 それでも、私は魔法少女にならなかった。

「苺ちゃん、今日はどこ行きたいとかある?」

「んー、近くの大通りかな。冬服とか見たい」

「女子ってみんな好きだよなー、服。俺も人のこと言えないけど」

 私と共にいるのを、喜んでくれる人がいる。私と一緒に『好き』を過ごしてくれる人がいる。

「服買う金はあるのか?」

「足りなかったら出してー。それじゃ__」

 出発の足を踏み出そうとした時、視界の隅に人影が映った。


 その人影に、私は釘付けになった。


 屋根の上を、ジャケット姿の男が走る。

 不自然なくらい音が無いから、周りは気付いていない。手を縛られているのに器用なものだ。

「奏……」

 今なら間に合う。

 七回も話を断ったのだ。謝らなくちゃいけない。一緒に行かなきゃならない。

 魔法少女として。

「苺ちゃん? どうかしたか?」

 でも私には、一緒に過ごしたい人がいる。

 私だって女子だ。服とか、ゲームとか、彼氏とか、今をときめく楽しいことがしたい。

 自分にしかできないことを、放り出してでも。


「ううん、何でもない」

 私は私を選んだ。

「日が暮れちゃう前に行こ!」

 奏揮を視界から外すために、紅守へ振り返る。

「そうだな、苺ちゃんがあと一時間早く来てくれたらいいんだけど」

「学校終わるのがこの時間なのよ、仕方ないじゃない」

 紅守の冗談を一蹴して前を向くと、もう奏揮は見えなかった。


 七回も話を断ったのだ。あと何回断っても、あまり変わらない。次の機会にまとめて謝ればいい。

 奏揮には、いつでも会えるんだから。


「ごめん」

 返事が無いことを知って、紅守に聞こえないよう呟いた。


 そして今後も、この返事は来ない。

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