低迷。焦燥。愛。

「愛ってさ、何だと思う?」

 真っ白な空間で、私は彼女に聞いた。

「そんなことをハーティに聞かれましても」

 赤桃色の髪を弄りながら、ハーティは答える。


 椅子に座って気だるげに過ごすハーティと、その少し前で直立する私。フリーダムな面接会場のようだった。

 どこまでも続くように見える空間は、しかし、どこか息苦しい。


 それもそうか、と私は勝手に納得した。

 この世界は私の、夢のような物なのだ。つまり私の心象風景である。

 私は今、思い悩んでいる。だったら、この空間が快適になる訳がない。

「アンタってさ、愛情の観測者なんでしょ?」

「うーんと、そう言われるとそうですし、そうじゃないと言われると違うし」

「半人前ってこと?」

「むーっ! ハーティは観測者のプロなんです!」

「あっそう」

 頬を膨らす彼女に対し、もはや訂正も確認も面倒くさくなった。

「観測者だったらさ、分かんないの?」

「愛とは、ですか?」

「うん」

「紅守くんへの感情は違うのです?」

 悩みの原因をドンピシャで当てられ、少し気持ち悪く感じた。

「本当に私のこと見てるのね、アンタ」

「観測者ですから」

 眉をひそめてうなだれる私に対し、腕を組んでドヤ顔するハーティ。

「それ正しい反応? ってか、そんなに私のこと見てるなら分かるでしょ?」

「紅守くんとの付き合い方ですか?」

「そう。私どうしたらいいのよ。アイツと、どう向き合ったらいいのよ。そもそも、私は本当に紅守のこと好きなの?」

 ずっと私のことを見ている奴なのだ。私以上に私を知っててもおかしくない。

 そんな期待を込めて訊いたのだが、しかし、ハーティからの返答は。


「早くセッ○○して関係を作っては? とは思いますけど」

「せっ!?!?」

 とんでもない言葉だった。私はつい声を荒げた。

「ちょ、アンタなに口走ってんの!?」

「愛って、そういう物じゃないのですか?」

「違、いやそうかもしれないけど!」

 この空間は全年齢向けなのだ。成人向けの発言をされると困る。

「そもそも苺は、紅守くんが好きなんでしょう?」

「まあ、たぶん」

「紅守くんから好かれたいのでしょう?」

「おそらく」

「二人で愛し合って、幸せになりたいんですよね?」

「きっと」

「じゃあ、早く交尾して心も身体も繋がればいいのに」

「いやいやいやいや話が飛躍しすぎよ」

「あぅ、そうでしょうか?」

 ハーティが言いたいことは分かる。

 紅守は私が好き。私はそれを受け入れたい。だったら、さっさと肉体関係を持ってしまえばいい。

 紅守は私をもっと好きになる。私は紅守を受け入れたという実績ができる。一石二鳥だ。

 倫理観は抜きにして、最も効率のいい方法はこれだろう。


 でも、本当にこれでいいのだろうか。

 恋って効率で語れるのだろうか。愛ってそんなに単純なのだろうか。


「ふふ。試してみる価値はあるんじゃないですか?」

 机に頬杖をつき、目を細めて微笑むハーティ。

「次が攻め時ですよ。きっと紅守くんも、それを望んでいます」

「そうだといいけどね」

 私が苦笑したのと同じタイミングで、空間が縮んだような感覚がした。

 夢の終点。

「頑張って。苺のこと、応援してますよ」

「それはどうも」

 私が言いきるより先に、空間ごとハーティが私へと収束していく。

 そして全てが終わり、辺りが真っ暗になった頃__。


「……さん、苺さん起きてっ」

 女子の声。

 私は、自分が目を閉じていることに気付いた。

「あー?」

「あーじゃない、授業中。あんまり聞いてないと怒られちゃうよっ」

 ヒソヒソ声で、茶髪の同級生が注意してくる。

 名前は、えっと、忘れた。今まで通りモコでいいや。

「別に私が何してたっていいでしょ」

「そうだけど、でも居眠りは__」


「はい! ではこの単語の意味を、弐葉立さん!」

「ひゃいぃっ私ぃ!?」

 急に先生から当てられ、バネのように椅子から立ち上がるモコ。そうだった、名字はニバダチだった。

「えっと、えぇーっと、その」

「……茨の道」

「いっ、イバラの道! です!」

「うーん惜しい。直訳するとそうですが、この例文では深い意味が__」

 どうやら間違っていたらしい。

 先生が解説に戻ると、モコが涙目でキッと私を睨んでくる。

「仕方ないじゃない。寝てたのよ」

「知ってるよ……」

 呆れたような苦笑いを浮かべるモコ。表情がコロコロ変わって面白いな、と思った。


 私が紅守と付き合い初めて半年。

 涼しい秋終わりの風が、私の素肌を撫でた。

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