不和のコンサート
幸福って何だっけ。
最近そう思うようになった。紅守と付き合ってるのが幸福? 妹を追い抜くのが幸福?
人生を、うまく過ごすのが幸福?
考えるほど分からなくなる。だから私は、今を幸福だと思って生きることにしている。
そのほうが楽だから。
「あれ? お姉ちゃんと、この前のお兄さんじゃ~ん!」
その姿を認識して、一瞬だけ呼吸が止まった。
「あの子って確か」
「…………」
私の妹だ、とは口にしない。
私と紅守の時間に、少しでもアイツを入れたくなかった。
「覚えていてくれたの? 嬉しいな~!」
「そりゃ有名だしな、えっと」
「…………」
無言で紅守の手をキュッと握る。嫌いな人間の名前を、紅守の口から聞きたくなかった。
「……あー、えっと」
流石に紅守も私の意図を理解したのか、言葉を詰まらせる。
「そっか、名前言ってなかったよね! 私は小堂咲榴と言います、そこの苺の妹です」
「あ、ああ。丁寧にどうも」
「私は礼儀がいいからね~、どこかの誰かと違って」
目を細め、嘲笑するように私へ視線を向ける咲榴。口元の黒マスクを調整するフリで、目を合わせないようにした。
「で、二人はどこ行こうとしてるの?」
「まあ、ちょっとそこまで?」
「へえ~! 私もついてっていい?」
「え? あー、どうすっかな」
私としては、もう帰りたかった。
最悪な女と最悪なタイミングで出会い、テンションは最悪。こんな最悪まみれな状況で散歩を楽しめるほど、私の精神は強くない。
「もう夜も遅いけど……」
「それなのに、お姉ちゃんは連れ回そうとしてるの? ズル~い!」
明らかに色目遣いで、紅守へ顔を近付ける咲榴。見ていて吐き気がした。
「……うんそうだな! 三十分! 三十分だけ見に行ったら、もう帰るか!」
「イェ~イ! お兄さんイカしてる~!」
「ちょっと」
紅守の袖をグイと引っ張り、耳打ちする。
「こんな奴、相手しなくていいわよ」
「いやでも失礼だろ、折角また会ったのにさ」
「知らないわよ__」
「ほらほら、決まったら行動! 早くしないと朝になっちゃうよ!」
私たちの声をかき消すように、咲榴が割り込んで紅守の手を取った。
「ほ~らお兄さんっ! 先頭立って、案内してよ!」
「おっとっと……」
紅守を前に立たせると、今度は背中を押して歩かせる咲榴。いきなり押されたからか、紅守の足が絡まる。
「危ないわよ、そんな風にしてたら」
紅守の右へ回り、グッと腕を引く。
「ゆっくり行きましょ。別に急いでいる訳じゃないし」
「あ、ああ。そうだな」
「……む~、私はさっさと行きたいんだけどな~」
左手に咲榴、右手に私。
間に人を挟んではいるが、既に正面衝突は起こっていた。
__で、肝心のブティックはどうだったかというと。
「あれ? もう暗くなってない?」
「マジか。うわ、七時にもう閉まるのかよ!」
ある意味、私にとっては都合がよかった。
「今日はもう解散しろって意味かもね」
「いやぁ、苺ちゃんがそう言うなら……でも、ううん……」
「目当てがある訳でもないし、また今度にしよ?」
それに、邪魔な女が一緒だと楽しみきれないし。そんな想いも込めて、私は紅守の手を引いた。
「ええ~、せっかく会えたのに~?」
「ほら行こ?」
「あ……あぁ」
私に引っ張られた弾みで、紅守と咲榴の手がようやく離れる。
「あ、ちょっと! 苺、人をそういう風に引っ張っちゃいけないんだよ~?」
「私はいいの」
咲榴の声に耳を傾けず、私と紅守は駅へ足を進める。
驚きと不満の混じった咲榴の顔が、いい気味だった。
その後は特に会話もなく、ほぼ無人の駅へと帰ってくる。
人通りもまばらで、こっそり無賃乗車してもバレないんじゃないかってくらい。
「今日、ただ歩いただけだったな」
「別にいいじゃない。一緒にいられたんだし」
ポケットからICカードを取り出し、改札を抜ける。咲榴も同じように付いてくるが、もう一人は来ない。
「じゃ、苺ちゃんはまた明日! 咲榴さんも、また会ったらよろしく!」
「あれ? アンタは帰らないの?」
「実はこの駅、俺ん家から一番近くでさ」
「ふーん」
初めて知る事実。だが、そうなると一つ疑問が生じた。
「じゃあ、初めて私と会った日は? なんであんな路地裏にいたのよ?」
「それは……」
「それは?」
「友達と遊んだ帰りでさ。たまたま、あそこ通ったんだよ。そしたら苺ちゃんのこと見かけて」
「へぇ、なんか運命的ね」
「……な! それな!」
少し考える素振りを見せた後、紅守は笑った。
そもそも私が魔法少女にならなければ、私と紅守は出会うことすら無かった。紅守が私を意識することもなかった。
そう思うと、少しトキメキを感じる。
「じゃあ、私たちも帰るわ。次こそあのお店、見に行きましょ?」
「ああ、絶対な!」
そう言って改めて手を振り、私たちは別れる。駅を出ていく紅守の背中を、私はしばらく見守っていた。
「ねえ、お姉ちゃんさ」
「…………」
紅守が見えなくなった頃、咲榴が話しかけてくる。
「あの人と付き合ってんの?」
「……文句あんの?」
無視しようとも思ったが、変な方向に話を広げられても面倒だ。必要最低限に咲榴へ話す。
「私が誰と付き合っててもいいでしょ」
「それはそうだけどさ~。へ~。ふ~ん?」
「別に、言いふらされても痛くないわよ」
面白そうに私を覗き込む咲榴の目を睨み返す。私のほうが少しだけ身長が低いから、見下されている感じがしてムカつく。
「別にそんなことしないけど……。あ、そうだ!」
「何よ」
「私、ちょっと忘れ物したんだった!先帰ってて!」
咲榴はそう言い残して、さっき入ってきた改札から駅を出ていった。無駄に支払われた数百円がゲートのモニターに映る。
アイツ、何を忘れたんだろう。そもそも何で、この駅にいたんだろう。
学校は遠い。習い事とかの話も、聞いたことない。
「……ま、考える必要もないか」
嫌な奴がいなくなって、私は気持ちよく帰りの電車に乗った。
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