指揮すら忘れたラプソディ
地面から伸びた四本の根に、腹を貫かれ空中で静止する異形。
握られた注射器。首に巻き付いたロープ。口から垂れる強酸と、隠し持ったナイフ。
それらがどれだけ凶悪な武器だったか分からない。
ただ、それを使う間もなく倒されたという事実が、そこにはあった。
「終わりね」
私__魔法少女ストロベリアが杖を引き抜くと同時に、四本の根が地面へ戻る。
ベチャ、と人型の化け物が自然落下した。
「苺さん。その、特訓とかしましたか?」
「どうして?」
「その力、凄くうまく使っているので」
「こんなの慣れよ、慣れ」
実際、別に訓練とかはしていない。
この姿で戦うたびに、束縛の槍は私の身体に馴染んだ。
前回倒した死相は何だったったか……。ゾンビみたいな、肌がベトベトで汚い奴だった気がする。
その頃は、まだ少し苦労した。バトミントンのラケットを振るような感覚で、槍に意識を集中させる必要があった。
それを、今は手足のように扱える。
敵が遠くに見えたから、とりあえず杖を地面に刺す。下から突き上げる。
命中したから、残りの槍も突き刺す。相手は死ぬ。おしまい。
ここまで楽に終わると、実感がなくて私は不満だった。
せっかく魔法少女に変身したのだ。少しくらい、汗水を流したいものである。
でも、そんな私を労ってくれる人がいる。
「苺さん、疲れていませんか?」
「大丈夫だけど」
「食べたいものとかは?」
「特に無いわよ」
「私生活で困り事は」
「今日どうしたのよ? 私、なんか変?」
あまりに質問のレパートリーが多くて、自然とツッコミが口から飛び出した。
「変ではないですが、その……」
「何よ」
「僕にできることは無いか、と思ったので」
「その言葉だけで十分よ」
死相領域の外まで歩いてから、髪のリボンをほどく。白い防護服を着た人たちとすれ違った。
現在、金曜日の午後八時くらいだろうか。すっかり日は落ちたものの、私には用事があった。
「じゃ、待ち合わせがあるから! お疲れさまー!」
「気をつけてくださいね」
奏揮は手を振って、制服姿で駆ける私を見送ってくれた。
「ってことがあったんだけどさ。私、そんな疲れてるのかな」
「何だソイツ、気味悪いな」
魔法少女を終えてから、私は電車内で紅守と話していた。
今日は、隣町のブティックを見に行く予定らしい。
「いや別に、そうは思わないけど」
「そうか? 俺は嫌だけど」
制服姿の私に対して、紅守は相変わらずラフな格好だった。紺色のTシャツに焦げ茶色の長パンツ、金色のイヤリングを着けている。
「でもほら、見た目とかに出てたら嫌だなって。女子としてさ」
「何も心配しなくても、苺ちゃんは可愛いよ」
「それはどーも」
容姿を誉められるのは嫌いじゃない。でも何故か、紅守から言われても微妙に物足りない気分だった。
なんで物足りないんだろう。
私はこれでも、紅守との時間がけっこう好きなつもりだ。紅守から誉められたら嬉しいはずだ。
なのに、紅守の言葉は薄っぺらく感じる。
やがて、電車が駅に到着する。
私と紅守は、手を繋いで電車から降りた。
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