報告履歴_yyyy/mm/dd
これは、小堂苺が知らない裏話。
観測者ですら忘れるほどの、些細な出来事。
「もしもし、篠崎奏揮です」
『待っていたよ』
一人の男が携帯片手に話す。相手の声はノイズがかかっていて、男か女かすら分からない。
『あれから調子はどうかな?』
「僕は変わりません。しかし苺さんは……」
『多少長くなっても構わない。続けてくれ』
「何と言うか、不安定です。今を楽しんでる反面、悩みがあるようにも、行き詰まってるようにも見えます」
『それで、君の対応は』
「経過観察です」
『ふうむ……』
「あの、隊長」
『何だい?』
「やはり苺さんは、一度社会に戻すべきではないでしょうか」
『ほう。何故?』
「苺さんが抱えている悩みは、思春期の少女によくあるものだと感じます」
『ふむ、それで?』
「それに加えて部隊の活動もさせると、先に苺さんの身体が壊れてしまいます。それに心も__」
『奏揮くん』
携帯へ訴えかける奏揮を、重い声が静止した。
『実際、苺くんが来てから死相の被害報告は減った。ただ追い返す君と違って、確実にトドメを刺しているからね』
「それは……」
『分かっているだろう。苺くんは我々にとって必要な存在』
「勿論です」
『思春期の悩みを抱えているなら、隔離してはどうかな。今の君がそうなっているように』
「それでは、根本的な解決にはならないのでは」
『でなくとも、彼女は既に『観測者』の対象になっている。今さら、社会に戻すのはリスクが大きすぎないかい?』
「それは、その通りですが」
『君も理屈では分かっているのだろう』
「…………」
何も言い出せず、苦い沈黙が漂う。
『なかなか行動には移せないのが、奏揮くんの性格だね』
「……すみません」
『いや結構。だからこそ奏揮くんは生き残ったのだから』
「あの、あまり昔の話は」
『おっと失礼。だが覚えていてくれたまえ。最悪の結末は回避しなければならない。その時は、君にも動いてもらう』
「……了解しました」
『では、失礼するよ』
プツッという音と共に、通話アプリの画面が閉じる。
その一部始終を眺めた後、奏揮は携帯を耳から下ろした。
奏揮がふと空を見上げると、満月が昇っていた。
苺は、ちゃんと家に帰っているだろうか。それとも、どこかで寄り道しているだろうか。
「……僕は、苺さんの選択を信じたい」
一人の男が、小さな覚悟を決めた夜だった。
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