不安な私にクールな彼
「ねえ、私って重い女?」
こんな質問をされたら、誰だって困惑するだろう。だが彼は、少し考えてから言った。
「いえ、むしろ軽いですよ」
雨が降る音が聞こえてくる、アパートの一室。
私は私服でベッドに寝転がり、スマホを眺めていた。画面には、ゲームセンターで紅守と撮った写真が写っている。
「……軽い女って思われるのも、なんか嫌なんだけど」
「そうですか? 素晴らしいと思いますよ」
机のノートパソコンから目を離し、キャスター付きの椅子ごと私の方へ向く奏揮。
こんな話を吹っ掛けること自体が、重い女の特徴だろうか。
私は私が嫌になった。
「軽いほうが動きやすいですし、僕も抱えやすいので」
「体重の話じゃないわっ!」
反射的にベッドのクッションを投げた。避けた奏揮の頬を掠める。
「そ、奏揮アンタっ、私がこんな真面目な話してる時に!」
「自分だって真面目ですよ。以前抱えた時は、大体五十キロ__」
「黙れえええっ!」
「ばふぁっ」
私は怒りと恥ずかしさに身を任せ、丸まった布団を投げつける。さすがに奏揮も避けきれず、その場で盛大に椅子ごとぶっ倒れた。
「危ないですよ、そんなの投げつけたら」
「変なこと言うアンタが悪いのよ!」
布団をベッドの脇に置くと、奏揮は椅子を起こし、再びパソコンを触り始めた。
今日は土曜日だが、生憎の雨。
曇天では動きにくいし気分も上がらない。ということで、紅守とのお出掛けは無し。だが実家は少し、空気が嫌で居づらい。
悩んだ末、避難先に選ばれたのがアパートだった。
「ってか奏揮、いつもこの部屋にいるよね」
「現在は、ここに住むよう命じられているので」
「え。ってことは、ここ奏揮の部屋!?」
それを意識した途端、私は無性に恥ずかしくなった。
「名義上は苺さんのですが、実質そうなってます」
「あ、そうよ! そういえば私の部屋よ、ここ!」
羞恥心はすぐに引っ込んだ。
「苺さんがいない間、この部屋を見張ってないといけないので」
「ふーん、監視カメラみたいな感じ?」
「大体そうです」
機械扱いされても、機嫌を損ねるような様子は見せない奏揮。キーボードを叩く彼の背中を、私はボーッと見つめていた。
奏揮から支給されたこの部屋にいると、何故かは分からないけど安心した。
今日ここを選んだのも、それが理由だ。お出掛け先が無い、家にも居たくないと考えた時、真っ先に思い浮かんだのがここだった。
その安心の理由について、一つ分かった気がする。奏揮が、ずっと守ってくれているからだ。
居心地のいい沈黙を破ったのは、私の方からだった。
「ねえ、奏揮」
「何でしょう?」
「私、このままでいいのかな」
キーボードを打つ音が止まる。
奏揮は口を開かず、私へ顔を向けた。
「好きな人ができた、と思うの」
「この前、話してた人ですか?」
「そう」
私の話を覚えていてくれたことに、少しだけ驚く。
「それでね、私、分からないの。アイツにどう接したらいいのかなって」
「普通じゃ駄目なんですか」
「駄目じゃないけど。でも、なんか、ここがチクチクして」
布団の上で横向きに寝転んで、両手を胸に添える。紅守が咲榴の話をしてた時、痛かった所だった。
「奏揮、私ってどうしたらいいかな」
「どうしたら、とは」
「どんな顔でアイツと会って、遊んで、帰って、学校で人と会って……アイツ関連だけじゃない。どうしたらいいか、何にも分かんないのよ」
自分でも驚くほど、今の自分は弱気だった。奏揮だって、こんな悩みを打ち明けられても迷惑なだけだろう。
しばらくの間、雨の音だけが部屋を満たした。
「知りませんよ」
やがて、奏揮が椅子から立ち上がった。
「人付き合いも生活も、苺さんが決めることです。自分は決められません」
傍目から見れば当たり前のことを、奏揮は平然と言い放った。
それなのに私は、なんだか突き放されたような気がしてへこんだ。面倒くさい女である。
「……そうよね。変なこと言ってごめ」
「でも苺さんが決めたことは、どんな結果でも素晴らしいことですよ」
「は?」
面倒くさい女の言葉を遮りつつ、奏揮は丸まった布団を広げ始めた。
「苺さんは、いっぱい悩んでますよね」
「見れば分かるでしょ」
「そうして悩んで、自分で決めるのは難しいことです。だけど必ず、その結果は、苺さんのためになるはずです」
布団を広げきると、奏揮は私へそれをかけた。ちょっぴり暑いけど、布団を出るほどではない。
「何で断言できるのよ」
「そんな気がするからです」
「適当じゃないの」
「自分に……僕に委ねるよりは、良い結果になると思います」
奏揮はベッドから離れると、部屋のカーテンを開いた。雨の音がより一層強くなる。
話はそれ以上続かなかった。
「ふわ、ぁ」
その代わり、急激な眠気が私を襲う。
(いろいろ悩んで、いつの間にか疲れちゃってたのかな)
都合よく、今の私には布団がかけられていた。寝るには丁度いい。
「奏揮ー?」
「何でしょう」
「ちょっと休む。だから、後は、よろしくー……」
「苺さん?」
最初から最後まで自分勝手に話を進める私。だが、それに対して奏揮が文句を付けることはなかった。
「……おやすみ、苺さん」
それどころか、暖かい言葉で私を見送ってくれた。閉じかけた私の視界に、微笑む奏揮の顔が映る。
(奏揮って、こんな顔するんだ)
彼の珍しい笑顔を最後に、私の意識は途切れた。
次に起きた時、奏揮はいなかった。ご丁寧に、玄関には鍵がかけられている。
襲われた形跡もない。やるなら絶好のチャンスだったのに。
「奏揮アイツ、私のこと女だって分かってるのかしら」
女だって見られていないのかも。
「……前も、こんなこと思ったわね」
前と変わらず、ムカつく。
よく分からない愚痴を心に残しつつ、私は真っ暗な外へと出た。
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