不良ルールな恋愛模様

 あの日から私は、学校での生活が疎かになった。

 予習をしなくなった。授業中に居眠りするようになった。宿題を忘れるようになった。寝坊して遅刻するようになった。

 そのくらい、紅守との時間は新鮮で楽しかったのだ。


「苺さん、最近変だよ」

 私が私の変化に気付いたのは、彼女からの一言がキッカケだった。

「何が」

「前まで、あんなに勉強熱心だったのに。どうしたの? 嫌なことでもあった?」

「アンタには関係ないでしょ」

「そうだけど……」

 私の隣に座るモコが、心配そうに顔を覗いてくる。

 数学の授業中だというのに、随分と余裕そうだ。黒マスクの裏で、私は溜め息を吐く。

「その、と、友達がおかしくなったら、心配するのが普通でしょ?」

「は? 友達?」

「そうだよ、だから」

「アンタ、いつ友達になったの」

「い……いつ、って」

 当然の疑問を口にしただけなのに、ショックを受けたように固まるモコ。

 私は相手の名前すら覚えてないのだ。それを友達とは呼ばないだろう。


「それじゃあ、弐葉立さん!」

「ひゃ、ひゃいっ!」

 不意に教師が、誰かの名字を呼んだ。それに対し、モコが焦って席を立つ。

 この子、ニバタチって名字だったんだ。

「この計算式、答え分かりますか?」

「あっ、あー、えーっと……」

 催促され、明らかに動揺するモコ。私の会話に夢中で授業を聞いてなかったのだろう。

「……3xよ」

「さっ、さんエックスです!」

「正解です。このように、公式を利用すると__」

 流石に可哀想だったので、モコに助け船を出した。モコの回答に満足した教師は、授業を続ける。

「あ、ありがとう苺ちゃ」

「黙って」

 小言を遮って、私は机に突っ伏した。


 その後、モコが私に話しかけてくることはなかった。


 最後の授業が終わると、私はすぐ学校の外へと飛び出す。

 理由はもちろん、楽しいことが待っているから。

「お待たせ! 待った?」

「マジで長えよ、苺ちゃんの学校。いっそサボったら?」

「そんなことしたらイメージ下がっちゃうでしょ!」

「はは、優等生は大変なんだな」

 私の彼氏こと紅守と、一目につかない路地裏で待ち合わせ。

「それで、今日はどこ行くの?」

「ゲーセンに行こうと思ってる」

「私、人形とか取るやつしかできないわよ?」

「じゃあ俺がいろいろ教えるよ、格ゲーとかレースゲーとかさ」

「ふーん……」

 正直、ゲームセンターには興味がなかった。でも、紅守が私を楽しませようとしてくれてるのは伝わる。


 ここ数日で私は、紅守という男のことが好きになっていた。

 紅守が私を好いてくれるからだろうか。紅守との時間自体を、私は尊いものだと思い始めていた。

 私を好きでいてくれる人に、私は応えたい。


 だが、幸せに障害は付き物であるらしい。

「あれ、お姉ちゃん?」

 背中から聞き飽きた声がして、私は舌打ちした。

「苺ちゃんの知り合い?」

「知らない」

「知らないって酷くない!? 可愛い妹のことをさ~」

 私の目の前へ回り込んできた妹を、私はキッと睨んだ。

「妹。ってことは、あの有名な小堂咲榴!?」

「この人誰? お姉ちゃんの知り合い?」

「誰でもいいでしょ」

 驚く紅守、付きまとう咲榴。その二人を無視して、私は歩き続ける。

「それより聞いてよ! 私ったらまた地区大会にスカウトされてさ~」

「ふうん」

「大会って、咲榴さん、そんなのにも出てんの!」

「お、そっちのお兄さんは物分かりいいじゃ~ん」

 男受けしそうな笑顔で、紅守との距離を詰める咲榴。

 腹が立つ。

「私、こう見えて運動もできるからさ~」

「マジで! その大会っていうのは__」

「ねえ、もう行こ」

 紅守の手を取り、歩調を早める。一瞬、紅守の手がビクッと反応した。

「ま、苺ちゃん!? でも咲榴さんのことは」

「別にいい。ってか、アイツの名前とか聞きたくない」

 そのまま、咲榴を置いて私たちは路地裏へと進んだ。案の定、咲榴の足が止まる。

「……お姉ちゃ~ん? マジでそいつ、誰なの~?」

 不機嫌そうな咲榴の声も、今の私を止めるには至らなかった。


「苺ちゃん? そろそろ手を」

「うるさい」

 路地裏に入ってからも、私はずっと紅守の手を握り続けていた。

「それに、妹さんのこと置いてきちゃったけど」

「うるさいってば」

 紅守が咲榴の名を口にする度、心のどこかがキリキリする。

 この気持ちは一体なんなんだろう。

 ふと、何でもないところで立ち止まった。

「……アンタは、私の彼氏でしょ」

「そ、そうだな」

「だったら私だけ見ててよ」

 自然と手に力がこもる。

「あんな奴に、いい顔してんじゃないわよ。私が好きなら、一番に私を愛してよ」

 我ながら無茶だな、と思う。でも、これ以外の言い方が思い付かない。

 しばらくの間、何とも言えない沈黙が私たちを包んだ。


「まあ、その、ごめん」

 沈黙を破って、紅守が私の前へ出る。

「でもほら、その分さ! ゲーセンでいっぱい、苺ちゃんと遊んであげるから!」

「……そう?」

「そう!」

 今度は紅守が、私の手を引いて歩き出す。

「私のこと、幸せにしてくれる?」

「ああ、幸せににする!」

「アイツに会ったこと、忘れるくらい?」

「うん、忘れるくらい!」

 売り言葉に買い言葉かもしれない。だけど私は、それを聞いて少し気分を持ち直した。

 咲榴のことなんて一旦忘れよう。それより今は紅守だ。

 私たちは路地裏を出て、一緒に時間を過ごした。


 私って、面倒くさい女だろうか。

 夜に紅守と別れた後も、私は思い悩んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る