一方的に、ラブコール

 セミの声が聞こえる、夏の始まり。

 私はとある駅前で、紅守のことを待っていた。

「おーい、待った?」

「ううん、全然」

 不意に後ろから声をかけられ、私は微笑んだ。

「似合ってんじゃん、その服」

「ふふん、そうでしょ」

 今日の私は、白いTシャツに赤いカーディガン、灰色のショートパンツという組み合わせ。

 先日、お出かけ用の夏服が無いことに気付いて大急ぎで買ったものだ。そのとき奏揮も連れていったけど、服選びの役には立たなかった。

 苺さんなら何でも似合います、しか言わなかったから。

「今日はどこ行くの?」

「とりあえずカフェ行って、映画見て、そこからは未定」

 スマホを見ながら歩きだす紅守。履き慣れないヒールで、私はそれを追った。

 

 紅守と過ごして、悪い感じはしなかった。

 二人で歩く道路。二人で行くファミレス。二人で過ごす時間。

 一人の時と比べて、どれも新鮮に感じた。


「へー、バナナパフェスペシャル……」

「わざわざカフェで食べる価値あるか?」

「カフェだからこそ価値あるでしょ!」


「なんか、微妙な映画だったな」

「そう? 考察のしがいがあったけど」

「分かんねー。もっとシンプルなストーリーにしろよ」


「この後は?」

「少し歩くか?」

「私、足疲れたんだけど」

「えーっと、じゃあカラオケでも行くか?」

「いつものとこね! 賛成!」


 私と違う意見。違う価値観。そのどれもが、一人で過ごしてきた私にとって新発見だった。

 人付き合いって、楽しい。その感情を共感できるのは、奏揮と紅守しかいないけど。


 そんなわけで現在、カラオケボックス。

 曲と曲の合間に、紅守が距離を詰めてくる。

「それで、苺ちゃん? 前の話、考えてくれた?」

「ん? 何が?」

「ほら、付き合うって話」

「あー……」

 答えを保留にしたまま、私はマイクを手に取る。


 考えていなかった訳ではない。

 紅守と過ごす時間は楽しい。紅守のことは嫌いじゃない。そして、紅守は私に好意を伝えてくれる。

 だったら、付き合っちゃえばいいのかな? なんて思う。


 でも、恋人って、そんな簡単に決めていいのだろうか。

 分からない。恋をしたことがないから。奏揮に訊いたら何て言うだろう。

『苺さんが良いと思ったなら、いいと思いますよ』

 とか言いそう。

 私は、紅守が良いんだろうか。

 紅守で良いんだろうか。


「アンタってさ」

 歌い終わって、私はマイクを机に置く。

 次の曲は入っていない。

「私の事、好きなの?」

「は? 当たり前だろ!」

「どこが好きなの」

「前も言ったけどさ、頑張ってるところとか。一緒にいて楽しいし、あと顔もいいし?」

「ふーん」

 私も一緒だった。

 紅守の見た目は悪くない。私に好かれるよう頑張っているところを見ていると、嬉しくなる。

 正直、私の中で好意が芽生えてきた頃だった。


 私は恋が分からない。

 誰かと付き合ったら、自然と分かるのだろうか。


「いいわよ」

 髪を弄りながら、呟いた。

「え?」

「その、付き合ってあげる。アンタと」

「ま、マジで?」

「何度も言わせないでよ! 今の取り消しに__」

「いよっしゃあああ! ありがとう! 本当に!」

 パアッと明るい表情で、紅守が抱き付いてくる。

「ちょ、暑い! こっち来んな!」

「いや嬉しすぎてさ! 苺ちゃん、これからもよろしく!」

「はぁ、はは……」

 紅守があまりに嬉しそうに騒ぐので、溜め息と失笑が出た。

 彼はそんなに、私と付き合いたかったのだろうか。そんなに私が良かったのだろうか。

 ただやっぱり、私を好きになった人が嬉しそうにしてるのは、悪い気分じゃなかった。

「ほら、いつまでも引っ付いてないで! ここカラオケよ! 見られるわよ!」

「恥ずかしいのか? 可愛いなあ苺ちゃんは!」

「ああもう! うっさいわ!」

 私は無理やり紅守を引き剥がすと、端末に曲を入れる。

 私と紅守の両方が知ってるような、流行りの曲を。



 始まりは、あの女に勝つためだった。だが今は、そんな事どうでもいい。

 利害の一致から、運命の相手へ。紅守と過ごす幸せな予感が、私に訪れていた。

 私を好きになってくれた人のために。私が好きになった人のために。

 そんな人たちのために私は頑張りたい、と思った。


 そして。

 私の苦悩は、ここから始まる。

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