敗走アフリクション

「ってことがあってさー! 私の魅力がやっと発揮された、っていうか?」

「そうですか」

 街頭に照らされた夜道を、賑やかに歩く二人。

 私と奏揮だった。

「私だって、あんな妹に負けてばっかりじゃないのよ! それを今から見せつけて__」

「苺さん」

「なに?」

「その話、今じゃなきゃ駄目ですか」

 前を歩いていた奏揮が振り返る。彼の腕は、手錠で前に縛られていた。


 現在、私たちは死相領域を歩いている。魔法少女のお仕事中ということだ。

「私がいつ何を話しても自由でしょ!」

「楽しい話は、何気ない時に聞きたいので」

「んな」

 私の無駄口を『楽しい話』と言われたことで、少しだけ戸惑った。

「そ、奏揮から話すこと少ないじゃない」

「話すことがないので」

「だから私が、楽しい雰囲気にしてあげてるのよ!」

「そうですか。ありがとうございます」

「そうよ感謝しなさい!」

「でも今じゃなきゃ駄目ですか」

「……そういうことにしといて」

 流石に、死相領域で駄弁るのは場違いすぎただろうか。小さな反省と共に、私は話題を飲み込んだ。


 紅守と関係を持ってから三日。

 私は、宿題をやる時間が少なくなった。その代わりに、紅守と街を歩くことが増えた。

 もちろん紅守のことは、学校の皆には内緒だ。優等生っぽい私の印象を崩すわけにはいかない。

 だが、だからこそ、禁断の恋って感じがする。ハラハラ感が堪らない。


 でも、一つ不満があった。この楽しみを誰とも共有できないのは、少しつまらない。

 そこで選ばれた話し相手が奏揮であった。

「プライベートも大事です。しかし任務も大切です。今は集中してください」

「もう! 奏揮に言われなくても分かって__」

 その時、視界の端でキラリと光が見えた。不穏な予感がして、そちらへ視線を向ける。


 そこにあったのは、銃口だった。

「なっ!」

 銀色の筒が、後ろから奏揮のことを狙っていた。本人は気付いていない。

「苺さん、何かっ__」

 奏揮が言い終わるより前に、重い銃声が鳴った。


「がっ」

 それよりも、さらに先に、私の身体が動いていた。

「苺さん!?」

「かひゅっ、あ」

 私はいいから、と言ったつもりだった。だがその前に、撃たれた背中から電流のようなものが全身を引き裂く。

 そんな私を無視して、再び重い銃声。

「このっ!」

 キン、と鉄を弾くような音がした。

 たぶん奏揮が攻撃を防いでくれたんだ。でもそんな、盾みたいなものを奏揮は持っていたっけ。

「苺さん、苺さんっ!」

「うぎ、い」

 考えるための酸素が足りない。

 言葉が出ない。息が吸えない。

「痙攣……。何__仕込まれ__!?」

 身体がおかしい。一人じゃ立っていられない。

「あ……う、え……そう、き」

「苺さ__待っ______今____」

 視界がぼんやりしてきた。口から涎が垂れる。

 奏揮が何か言いながら、私の顔を覗き込んでいる。

 力が入らない。何も聞こえない。


 キーンとした耳鳴り。

 思考に霧がかかる。

 世界が暗闇に包まれた後、私は



「はっ!」

 起き上がった。

 誰もいない部屋のベッド。そこに一人で、私は寝ていた。奏揮に用意してもらった部屋だ。

 カーテンの隙間から暗い部屋へ、日光が差し込んでいる。どれくらい寝ていたのだろう。

「今のは夢、なわけないよね」

 髪のリボンをほどき、変身を解く。撃たれた背中が痛い。

 制服の上着とシャツを脱いで、姿見で確認する。

「うわ、痕になってる」

 黒く変色した肌を目にして、私は顔をしかめた。

 ちゃんと消えるだろうか。消えてくれないと困る。


 そんなことを考えていると、玄関から声が聞こえた。

「__ぃ、苺さんの__は良__が__の高い__を__」

「奏揮?」

 扉を開くと、奏揮が携帯で誰かと話しているのが見えた。

「あぁすみません、苺さんが起きました。失礼します」

「電話の邪魔した?」

「いえ、そんなことは……」

 私を見た奏揮が、カァッと顔を赤らめた。かと思えば、私から視線を外す。

 珍しい。聞かれたら恥ずかしい内容だったのだろうか。

「ま、まままま苺さん」

「何よ?」

「その、センシティブな格好は止めたほうがいいかと」

「はぁ? センシ、てぃ……」

 顔を背ける奏揮を見て、ようやく気付いた。

 今の私、上着を着てない。背中を確認した後、そのまま様子を見に来たからだ。

 顔から火が出そうになった。

「ちっ、ちちちちち違うのよ!」

「何が違うんですか!」

「せ、背中! 背中に薬を塗ってほしいの!」

 奏揮に背を向けうずくまりながら、私は苦し紛れの言い訳を叫んだ。


 ベッドの上で、うつ伏せに寝転がる。

 上半身は相変わらず下着姿。奏揮に軟膏を塗ってもらうためだ。

 地味な黒いスポーツブラなんて着けてくるんじゃなかった。いや、逆にここで派手なほうが恥ずかしいかな……?

「苺さん」

「何」

 どうでもいいことで悩んでいると、奏揮のほうから口を開いた。

「なんであの時、自分を庇ったんですか」

 奏揮の手が私の背中に触れる。

「……良いじゃない、別に」

「良くありません。苺さんのほうが自分より身軽ですし、武器もあります。それに」

「あぁもう、うるさい!」

 私が口を挟んでも、奏揮は薬塗りを止めなかった。

 なるべく傷口を刺激しないよう、慎重に触れてくれている。奏揮の優しさが、肌を通して伝わってくる感覚。

「仕方ないじゃない! 身体が勝手に動いたのよ!」

「しかし、攻撃は自分が受けていたほうが」

「黙って! 奏揮は奏揮のこと下げすぎよ!」

 なんだかイライラして、私は奏揮の言葉を遮った。


「何て言うか、そう! アンタが傷つくのが、すごく嫌だったの!」

「どうしてですか」

「どうしてでも! 私が守りたかったから守った! なんか悪い!?」

 ピタッと、奏揮の腕が止まった。

「……自分には、守られる価値なんてありませんよ」

 奏揮が小声で、なにかを呟く。

「何? 聞こえなかったんだけど?」

「自分を守るなんて、苺さんは変人ですねって言ったんです」

「んな! 変とは何__ひゃっ!」

 ペタッと、私の傷に湿布が貼られた。少しヒンヤリする。

「冗談です。苺さんが無事で良かった」

「あ、アンタ、たまに毒舌よね……」

「ちょっと本音が漏れやすいだけです。ほら、終わったので着替えてください」

 奏揮は立ち上がると、振り返ることなく部屋から出ていく。

「の、覗かないでよね! いくら女子高生の裸が貴重だからって__」

「大丈夫です」

 玄関と扉が開き、閉じる音がした。その後、鍵をかける音も。


 そして、部屋には静寂が訪れた。

「……ここまで興味ないと、なんかムカつくわね」

 僅かに残った胸のモヤモヤを、私は制服で包み込んだ。

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