ガール・ミーツ・特別感

 面倒なことになった。

「ねえ君どこ行くの? 彼氏いる?」

「ここ危ないからさー、俺らと遊ばね?」

 本当に、面倒くさいことになった。

 私は二人の男に耳を貸さず、ただ路地裏の出口を目指した。


 咲榴と別れてから数分後。通り慣れた路地裏で孤独を満喫できたのは、ほんの数分だけだった。

 居座ってた金髪の男二人に見つかり、運悪く目をつけられる。そして今に至るまで約五分、延々とナンパし続けられている。


「てかさ、いい加減に何か言ってくんね? 黙られてると迷惑なんだけど」

 右にいた男が肩を組んでくる。即座に腕を払い、私は歩調を早めた。

「俺らだって暇じゃないんだけど、あんま調子乗らないでくれる?」

 左にいた男が腕を掴んでくる。かなりガッチリ掴まれて、簡単には振りほどけない。

「やめて」

「お、声かわいいじゃん。なんで話してくれなかったの?」

「離して、馬鹿」

 腕をぐるっと回し、何とか男の腕を外す。

 掴まれていた肌がジンジンして痛い。夏服を着てきたのが仇になった。

「なあおい、いい加減に止まれよ。いつまでも優しくされると思ってんじゃねえぞ」

 今度は右の男が、私のサイドテールを鷲掴みにする。流石の私も、これには怒りを隠さなかった。

「痛っ、何するのよ! アンタら調子乗ってんじゃないわよ!」

「調子乗ってんのはテメエだろ! いつまでも無視しやがって!」

「このっ……」

 髪を掴んだまま腕を振り上げる男。

 まずい。私は急いでポケットから緑のリボンを取り出す。

 魔法少女の正体が、なんて言ってる場合ではない。少女の顔は、どんな秘密より大事なのだ__。


 バキッ。

 人の顔を殴った音がした。

「がふっ!」

「え?」

 発信源は、私の髪を掴んでいた男。

 だが意外にも、私が変身するより先にその音は響いた。拳を振るったのは、三人目の男。

「お前ら、女子に何してんだ」

 その男に、私は見覚えがあった。

 赤い髪に黒いジャケット、紺色のジーパン。耳には銀色の、リング状のピアス。

 初めて会った時、あんなに頼りなさそうだった男。

「あ、アンタ」

「おい君! さっさと逃げるぞ!」

 赤髪の男……紅守は私の手を取ると、路地裏の出口へと駆けていく。

「待ちやがれ!」

「テメエら、二人ともぶっ潰してやる!」

「うわ怖。ねえ、逃げるアテはあるの?」

「路地を出てすぐのところにカラオケがある! そこに逃げ込むぞ!」

「お、ラッキー。お金はアンタ持ちね」

「はぁっ!?」

 私の無茶振りに困惑した顔をしつつも、紅守は手を引っ張り続けてくれた。

 角を曲がると、数十メートル先に光が見える。路地裏の終点だった。


「ふぅ。何とかなったわね」

 カラオケの、出口から最も近い部屋で一息つく。

 紅守と二人で扉に寄りかかると、男たちの怒鳴り声が外から聞こえてきた。

「なあ君、名前は? なんであんなとこ通ってた?」

「小堂苺。このカラオケの近道だから」

「苺ちゃんねぇ。近道って、リスク大きすぎだろ」

「だって、今まで変な奴に絡まれたこと無かったんだもん」

「魔法少女って、意外と世間知らずなんだな」

「え?」

 扉の外から、パトカーのサイレンが聞こえてくる。

「魔法、少女? 何のこと?」

「とぼけんなって。君なんだろ、あのストロベリアって子」

「し、知らないわ」

 男二人の怒声と、複数人の足音が聞こえる。どうやら、あの不良二人が連行されているらしい。

「あっ、いや違う! 別に俺、苺ちゃんのこと陥れようとか思ってないから!」

「……どういうこと」

「別に、魔法少女のこと言いふらすって訳じゃないから! むしろ、そうだったら都合がいいっていうか」

 扉の外で、怒声が遠ざかっていく。どうやら最初の危機は去ったらしい。


 紅守と私は立ち上がり、机を挟むように向かい合って座った。

 見た目フワフワな赤いソファは実際、かなり固くて座り心地は悪い。

「じゃあ、何が目的なのよ。お金? 身体?」

「ええと、両方?」

「最低」

「あ、いやこれも違う! 変な意味じゃなくて!」

 紅守は焦って言葉を否定した後、改めて話を振った。

「もし、苺ちゃんの正体が魔法少女だったらさ。その、ええと」

「何よ」

「俺こういうの、言い方分からないからさ。単刀直入に言うけど」

 紅守はしばらく言葉を詰まらせた後、私にとんでもない事を言った。


「その……俺と、付き合ってくんね?」

「は?」

 自分の耳を疑った。

「苺ちゃん。もし彼氏いないなら、俺と付き合ってみない?」

 聞き間違いではなかった。

 付き合うって? え? 私が? この男と?

 は?

「はあぁ?」

 ポカンと開いた口から、思った言葉がそのまま出る。

「その、最近さ。この辺で咲榴って子が有名じゃん。苺ちゃん、その子の姉妹なんでしょ」

「何でソイツの名前が今出てくるのよ」

 咲榴という単語を聞き、顔をしかめた。

「妹のほうが有名って聞いて最初は驚いたけどさ」

「悪かったわね、私は知名度が低くて」

「でも、苺ちゃんも違う方面で頑張ってるんだなって知って」

「何がよ」

「魔法少女。人知れず努力してて、そこに惚れたっていうか」

 魔法少女になったのは数日前だけど。とは、あえて言わなかった。

「だとしても、私たち会って二日目よ? ふつう惚れる?」

「一目惚れだよ、あのとき助けてくれてから」

「吊り橋効果じゃない?」

「じゃあそれでいいから! 魔法少女の苺ちゃんが好きになったんだよ!」

 熱烈なアピールに、私は少し引いた。人って、恋をしたら皆こうなるのだろうか。


 とはいえ、だ。

 紅守と付き合う話は、悪い事ばかりではないと思い始めていた。

 鼻が高くて美形、服のセンスも悪くはない。身長は百八十くらいある。

 ついでに、あの場から私のことを助けてくれた。

「それで、どう? 俺と付き合うのは」

「……まだ早いかなー」

「はぁっ? じゃあ、いつなら良いんだよ」

「そうね、まずは友達からってことで」

 今まで咲榴に追い付かれないことばかり考えてた。恋愛とかに興味が無かった。

 ここが好機かもしれない。


 私はマイクを手にとって、もう片手を彼に差し出した。

 ここはカラオケ。せっかく部屋を取ったんだから、歌わないと損だ。

「遊んで、歌って、二人で過ごして。アンタなら良いって思ったら、付き合ってあげる」

「そっ、それはもちろん! 後悔させないから!」

「私が決めることだってば」

 紅守が私の手を握り返す。

 こうして、私は彼氏候補を手に入れた。


 ちなみに数時間後。

「延長お願いしまーす」

「ちょ、どんだけ歌うんだ!」

 その日は四時間ぶっ通しで、カラオケを満喫した。

 人の金で歌うカラオケは、美味い。

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