スクールライフは変わらない
私立盟望高等学校。
学力そこそこの高校。私はそこの普通科……つまり、中学とかと同じような授業をする科の生徒だ。
始業の一時間前に学校に着き、私は教科書と宿題を開く。
別に、宿題をし忘れた訳ではない。
やっているのは今日の予習。こういう隙間時間の活用が、周りとの差を生むのだ。
始業十分前くらいになると、だんだん教室に人が増えていく。一応のエチケットとして、私は黒マスクを身につけた。
「おはよう苺さん」
「ん、おはよ」
ショートカットの同級生が、私に笑顔で挨拶してくる。
名前は……忘れた。クリッとした丸い目に平均的な身長。肩にかからないくらいの茶髪。
授業や部活でも目立った話は聞かない。だから記憶に残らない。
モブ子、と心中で呼んでいる。
だが、あまり文章でモブ子モブ子と呼ぶと、流石に可哀想だろう。
なので今は暫定的に『モコ』と呼ぶことにする。モブ子から一文字抜いてモ子、可愛くカタカナでモコ。
「苺さん、いつも早いよね?」
「まあね」
「いつも勉強してるの?」
「うん」
「凄いなあ。私だったら一人で頑張っても、すぐ寝ちゃうよ」
ニヒヒ、と顔を綻ばせるモコ。私が名前すら覚えてないと知ったら、その顔は歪むのだろうか。
「そんなに勉強して、何かやりたいことがあるの? まさか勉強が好きとか?」
「別に」
「理由もないのに、勉強してるの?」
「んな訳ないでしょ」
「じゃあ、どうして?」
「……そうしないと、追い付かれるから」
自分から言うのが嫌で、私はプイと顔を背ける。
だがモコは、何かを察したように口を開いた。
「もしかして、妹さん?」
「…………」
「そっか」
モコから探られるのがとても不快で、私は顔を歪めた。
「でっ、でも!」
「何よ」
「むむ、無理しなくていいと思う! 苺さんには苺さんの__」
モコが何か弁解しようとしたところで、大きな音が言葉を遮った。
ガラガラ、という引き戸の音が教室に響く。
「そろそろ朝の会ですよー、席についてくださーい」
声の主は担任の教師だった。
時計を見ると、始業まであと五分。私は教材を机に突っ込み、姿勢を正した。
「え、えっと、だから苺さんは妹さんを気にせず」
「ねえ」
「なっ、何!」
「うるさい」
「……苺さん、今日は調子悪いみたいだね……」
ひきつった作り笑いのまま固まるモコ。
彼女はそれ以降、普段より少し静かになった。
そんな不機嫌スタートを決めた私だったが、学校生活は特に問題なく進んだ。
勉強。勉強。昼食を挟んで、また勉強。私は部活に入ってないから、最後の授業が終わったら帰る。
いつもの一日。
魔法少女になったのに、生活が大きく変わることはない。
そんな現実にウンザリしつつ帰路を歩いていると、後ろから呼び声が聞こえた。
「お姉ちゃ~ん! どこ行くの~?」
その声を無視した。
「って、ちょっと! 妹を置いてくのは酷くない?」
「別に」
「い~や酷い! こんな可愛い妹を無視してると、バチが当たるよ!」
左肩に手を置かれても、私は歩調を変えなかった。
「それより聞いてよ、今日は抜き打ちテストだったんだけどさ~」
「興味ない」
「なんと! 百点満点! いや~困るな~、また苺を抜いちゃうな~」
私の妹である小堂 咲榴が、私の正面まで回り込んできた。それを避けるように、大きく右へ迂回する。
咲榴は、色んな面で私に勝っていた。
勉強も、運動神経も、習い事も。過去の私が出した記録を、咲榴は全て塗り替えてきた。
何だったら、今の私すら追い抜かされることがある。百年に一人の秀才とか言われて、近所ではちょっとした有名人だ。
だから、対する私はいっぱい努力することにした。その一端が、今朝の自主勉強だ。
頑張らないと、私は勝てない。
頑張れば、あの人が微笑んでくれるはず。
そんな私を煽るように、咲榴はテスト用紙を私に見せびらかす。
「昨日は夜更かししちゃって、寝坊したんだよね~」
「あっそ」
「だから予習とかぜ~んぜん! なのに結果は最高! 私って天才じゃない?」
自惚れる咲榴に返事せず、私はマスクの位置を正した。
その後もずっと咲榴は、私に自慢話を吹っ掛けてきた。
中学のバスケ部にスカウトされたとか、将棋の学校大会で優勝したとか、合唱コンクールに出たとか。
「……はぁー」
いい加減にウンザリして、私は路地裏へと足を向ける。
「ちょ、ちょっと苺~? そっち家じゃないよ?」
「知ってるけど」
「そっち暗いよ? 足元、危なくない?」
「まだ明るいし平気でしょ」
「っていうか、そんなとこ通る必要ある? また寄り道とか?」
「カラオケ。こっち近道だから」
「近道って……」
薄暗い路地裏の手前で立ち止まる。咲榴は言葉を失ったようだった。
先日のことを思い出しているのだろう。普段の仕返しに、私は咲榴を嗤う。
「何、怖いの?」
「……は? んな訳ないじゃん」
咲榴の目から笑みが消えた。
「じゃあ一緒に来る?」
「いや……こんな汚いとこ、アンタくらいしか通らないわよ」
必死に言い訳を考える咲榴を見て、私は愉快な気分になった。
こんな良い気持ち、魔法少女ぶりだ。普段の生活では数年ぶりかもしれない。
「じゃ、私はこっち行くから。ビビりなアンタは先に帰ってなさい」
「不良ぶってんじゃないわよ、出来損ない」
お互いのことを鼻で笑い、私たちはその場を後にする。
こうして咲榴をまともに罵倒したのは、生まれて初めてかもしれない。
底知れぬ興奮と共に、私は路地裏の闇へ消えた。
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