アンチキャンサー報告書

 正方形の薄暗い部屋で、一台のパソコンが光を灯す。

「来てくれたね、苺くん」

 通話アプリ越しに声がした。

 モザイク処理をかけられているような、低めの音声。

「今回は、奏揮くんの代わりに死相を撃退してくれたようだね」

「まあね」

「感心するよ。ところで君の活動については、誰にも話していないね?」

「当たり前でしょ」

 低い笑い声が聞こえた。

 こちらのパソコンはカメラが起動していて、相手に映像が送信されているようだった。一方で相手の映像は『No Image』の文が書かれているだけで、伺うことはできない。

「君が所属しているのは、対死相のみを想定した秘密組織だ。前回の応対では、それを自覚してるか怪しかったが……」

「言ったでしょ。私なら大丈夫って」

「そのようだね」

 やけに素直に、私の言葉が飲み込まれた。


 コードネーム"アンチ・キャンサー"。過去、彼はそう名乗った。

 長いので隊長でいい、とも。

 私がいま話しているのは、奏揮が所属する対死相部隊のトップ。つまり、私の上司。

 私が初めて魔法少女に変身した日も、同じように彼と相対した。そこで死相のことや対死相部隊、私自身のことについて聞かされたのだ。


「怪我はどうだい?」

「そんなに痛くないわよ」

「自分が応急処置を施した時には、既に治りかけていました」

 後ろで聞いていた奏揮が、カメラに映りこむように前へ出る。

「なるほど。やはり君は……。ふむ」

「何よ」

「正確なことは言えない。だが私の見立て通り、苺くんは強力な存在のようだ」

「奏揮よりも?」

「間違いなく、ね」

 少し調子に乗って、奏揮へ横目を向ける。

「何ですか、そんな顔して」

「別にー?」

 奏揮本人は気にしていないようだった。

「まあ、とにかくだ。苺くんは今後も、奏揮くんの指示に従って行動するように」

「ふふん、いつか追い抜いてやるんだから!」

「奏揮くんは、苺くんをサポートするように。あと、実力で抜かれないようにね」

「努力します」

 勝手に盛り上がる私に対し、淡々と受け答えする奏揮。真逆の反応だった。

「では、本日はこれで」

「隊長、貴重な時間をありがとうございました」

 一礼する奏揮の前で、通話アプリがシャットダウンした。


 コンクリートで作られた正方形の建物から、奏揮と私が出る。白い清掃服の見張り二人が、私たちに頭を下げた。

 月明かりが私たちの道を照らしている。夜十時は過ぎているだろうか。

 だからって、私を帰りを心配する人はいないけど。

「結局さ、あの隊長ってどんな人なの?」

「どういう事でしょう」

「映像は出ないし、声はノイズかかってるし。男っぽい、って事しか分からないじゃない」

「そうですね」

「そうですね、じゃないわよ」

 肘をたて、奏揮の脇腹を小突く。

「というのも、隊長に会ったことのある人間は一人もいないんです」

「え。じゃあ奏揮も知らないの?」

「見たことすらありません」

「そんな奴、信用できなくない?」

「ですが死相領域を解明したり、探知アプリを作ったのは隊長本人なんですよ」

「へー。意外と技術派」

「少なくとも、悪い人じゃないと思っています」

 奏揮の話を聞いていると、私もそんな気がしてきた。

 敵の敵は味方。

 死相は私の敵。同じくその死相と敵対している以上、隊長って人も多少は信じていいのかもしれない。


 そして、それは奏揮も同じ。

「複雑ね、人間関係って」

「そういうものです。苺さんの家、ここですか?」

「あ、うん」

 談笑していると、いつの間にか自宅の前まで来ていた。

「しっかり休んでください。では」

「わざわざどうもー」

 私を家まで送り届けると、奏揮は夜の闇へと歩いて消えた。

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