ハロー、魔法少女

 長い夢を見ていた気がする。

 ハーティと名乗る女と、死ぬとか生きるとか、愛とか観測者とか……。とにかく沢山のことを話した。

 あれは夢だったのだろうか。


「夢なら、覚めないと」


 強い光が、路地裏から空へと放たれた。

 光源は、下半身を失った少女。

「なっ……。こ、これは」

 その光景に、男は言葉を無くした。

 苺が再生する。桃色の光が傷口へと集まり、無くなった足を構成していく。

 これだけでも非現実的な光景だが、変化は他にも及ぶ。

(私が、変わってく)

 全身が光に包まれ、再構築される。

 服の襟と、スカートは緑へ。それ以外は白へ。コートのように前が開き、半袖になり、肩の布が無くなった。

 髪はハーティと似た色に変わり、腰上まで伸びる。ツインテールだった髪型は、緑のリボンで纏めたツーサイドアップに。


 魔法少女ストロベリア。

 あの空間で最後、確かにハーティはそう言った。

 魔法少女? 私が?

「……マジで生き返ったの?」

 目を開くと、深い緑の瞳孔が光った。


 私が蘇ったこと以外、路地裏の状況は変わっていなかった。

『ガアアァァァッ!』

「っていうか何? この、日曜の朝にありそうな展開」

 とんでもない変化が起こった割に、私の脳は冷静だった。

「あのハーティってやつ。力を分けてやるって言ってたけど、このこと?」

「あ、え、まさか。いや、でも」

 一方の男は、私をお姫様抱っこしつつ滅茶苦茶テンパっていた。

 客観的に見れば、下半身を失った少女が急に光って再生したのだ。驚くなというほうが難しい。

「ま、いいわ。まずは目の前にいる奴に、お返ししないと」

「うわっ、ちょ、危ない!」

 私は男からひょいと降りて、後ろの化け物に向かい合った。

「さっきはよくも殺してくれたわね、ドロドロ野郎」

『グルアアァァガウウウアァ!』

「次は私から、行くわよっ!」

 私は拳を握って、化け物へと殴りかかる__!


 ベチョ。

 化け物の身体から出ているドロドロに、拳が入り込んだ。

「うわ気持ち悪っ」

 スライムに包まれた感触が嫌で、咄嗟に手を引き抜く。

 化け物がダメージを受けた様子は無い。

『グオオオォォォ!』

「ぎゃあああああっ!」

 化け物が顔を下げ、私の上半身へと噛み付く。バックリと、腰から上が咥えられた状態になる。

 そのまま、お腹にメリメリと歯が食い込んだ。

「痛い痛い痛たたたたたた!」

 口の中で悶える。だが、前のように身体が両断されることはなかった。

 手加減されているのか、私が頑丈になっているのか。後者だと思いたい。

『グゥゥルルルル!』

「うわ息臭っ! ちょ、止めろ! 離せ!」

 武器があればいいのに、と思った。

 次の瞬間、私の手元に光が集まる。私が目を覚ました時と、同じ色の光。

 棒状になった光が何を形作ったのか、正確には分からない。だが必死だった私は、これが好機だと思えた。

「止めろって、言ってるでしょうがあぁぁ!」

 喉元めがけて棒を突き刺す。ブジュリ、と肉を裂くような感覚が腕まで伝わる。

 それとほぼ同時に、

『ギャアァッ!』

 と、化け物の短い悲鳴が響いた。


 数秒して、化け物の牙が緩んだ。

「お、効果あったみたいね」

 私は棒から手を離すと、化け物の口からズルリと出た。その様子を見て、私を抱えてた男が駆け寄ってくる。

「なっ、中で何が!? それより大丈夫ですか!」

「大丈夫よ、ちょっと噛まれただけ」

 そう言いつつ、少し怖くなって腰周りを確認する。

 うん、ちゃんと繋がっている。

「驚いたんですよ。光ったと思ったら生き返って、死相へ向かっていって」

 彼の言う"死相"っていうのは、文脈的にあの化け物のことだろう。

「その後また噛み付かれて、もう駄目だって思ってたら、こうなって……」

「……わぁ」

 私を食おうとした化け物は、ハリセンボンになっていた。

 といっても、細かい針が突き出ている訳ではない。根本が直径三十センチくらいの針が十本ほど、化け物の身体から突き出ている。

「何、これ……。私がやったの?」

 薄茶色の針は鋼鉄のような固さで、触るとヒンヤリ冷たかった。

 そして今さらだが、こんな状態になった化け物はピクリとも動かない。死んでいた。


 諸々の確認を終えると、私は男の肩を叩いた。

「で? アンタ、色々知ってそうじゃない? あのドロドロは何? 私はどうなったの? この格好は?」

「……話すと長くなりますし、自分も全部は分かりません」

「分かること全部話してよ。とりあえず私は苺。アンタは?」

 男は辺りをキョロキョロした後、溜息を吐いた。

「自分は篠崎 奏揮(しのざき そうき)、対死相部隊の隊員です」

「その、しそう? って言うのも知らないんだけど」

「後で詳しく説明します。ただ、一つだけハッキリ言えることが」

 彼は視線を逸らしながら、顔をしかめて言った。


「苺さん。今日からあなたには、戦いに参加してもらいます」

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