生死。誕生。愛。

 真っ白な空間。

 不安になるくらいの白で満たされた部屋に、私は立っている。


 そして私の目の前に、同じくらいの歳の女の子が立っていた。

 袖口や首元に黒いフリルのついたピンクのロリータ、黒いフレアスカート__巷では『地雷系』と呼ばれる__を身に纏った少女。

 そんな彼女の第一声は、


「愛。」

 だった。

「……はい?」

 彼女が何を言いたいか分からず、首を傾げる。

「愛。それは原動力」

 コスプレでしか見ないような、綺麗な赤桃色の髪。

「愛。それは理由」

 腰まで伸びたもみあげは、胸の前で結ばれ、そこから先は三つ編みになっている。結び始めと毛先、そしてその中間には、三つ編みを固定するような黒いリボン。

 垂れた前髪も合わせると、正面から見てハートの形を象っているようだった。

「愛とは人そのものであり、でも人は愛の形を知らず__」

「ねえ、ちょっと」

 話を止めると、彼女は歩いて、私の顔を覗き込みにきた。コツ、コツと、黒いブーツの足音が鳴る。

「小堂、苺。で合ってますか?」

「は? そうだけど、なんで私の名前」

 彼女はクルリと回れ右して、私に背を向けた。


「さっき、あなたが死んだのを、見たので」

「__あ」

 なぜ今まで思い出せなかったのだろう。

 そうだ。私はあの化け物に襲われて、腹から千切られて、男に抱えられて……。腕の中で、死んだのか。

 まあ、あの状況なら普通死ぬわよね。

「……え、マジで私死んだの? 嘘! うっわ信じられない最悪!!」

 グルリと辺りを見回し、天を仰ぐ。空間は真っ白で、どちらが天かは分からなかったけれど。

 それから、自分が五体満足になってることに気付いた。死後の世界だからだろうか。

 ついでに、学生服もそのまま着ていた。

「まだ、生きたいと、思ってますか?」

「当たり前でしょ!」

「それは、どうして?」

「どうしてって! まだ咲榴ぶっ倒してないし、お母さんに何も言ってないし、彼氏もできてないし!」

「やりたいこと、沢山、あったんですね」

「そうよ! ってか何よアンタ! さっきから聞いてばっかりで!」

 我ながら理不尽な怒りだとは思う。

 ただ、仕方なかった。こうして怒鳴ってないと、感情に身を任せていないと。

 死んだという悲壮が、私の心を埋め尽くしそうで。

「ああ、そうでした。自己紹介がまだでしたね」

 彼女は深呼吸した後、少し早口で言った。


「私の名前はハーティ。愛じょうの観しょく者、でしゅ」

「……は? 何て?」


 沈黙が流れた。

 何だろうか、上手く聞き取れなかった。愛情の、何て?

 しばらくして、彼女の顔が徐々に赤くなっていく。まるでヤカンに火をかけるように__。

「あっ……。あぅああっあっあぁー!」

 彼女は突如、悶絶するかのようにその場にうずくまった。

「ちょ、何、どうしたのよ?」

 両手で覆っているため、表情は見えない。だが耳の先まで赤くなっているのが見えた。

「やってしまいました、やってしまいましたぁーっ!」

「何をやったのよ」

「緊張して、口が。せっかく、せっかく噛まないようにしてたのに、ここで噛むなんてぇぁーっ!」

「えぇ……」

 先ほどまでの落ち着きは何だったのだろう。

ドッタンバッタンと辺りを転げ回る彼女、もといハーティ。なぜ着崩れしないのか不思議である。

「恥ずかしい……。穴を掘って入りたい、一生寝込んでいたい……」

「噛んだ程度で何よ。っていうか、今のアンタのほうが恥ずかしいと思うんだけど」

「これは自然体だからいいんですぅ……。あぅ」

 再び沈黙が流れる。

 床に寝そべる地雷系と、それを見下ろす学生。端から見たら、とてもシュールな絵面だろう。

「えっ、と……。それで、ハーティさん? 愛情の何だっけ」

「ハーティでいいです、あと観測者です……。もう、それでいいです」

「そう。ハーティは私に何の用なの?」

「あっあぁー! そうでした、しょれを言おうとしたんでした!」

 仰向けに寝ていたハーティは、ガバッと上半身だけ起こす。

「まだ、生きていたいんですよね。やりたいこと、あるんですよね」

「まあ、色々と」

「ハーティ、それを叶えてあげられます」

「はあ?」

 ハーティはその場から立ち上がり、私に向けて胸を張った。

「苺を生き返らすことができるんです!」

「え」

「苺の人生のコンティニューボタンを今、ハーティが握ってるんです!」

「コン……はい?」

 私を蝕みかけていた死が、一瞬引いたのを感じた。

 生き返らす。

 それは生命の循環とか、倫理的な観点では、間違いなくアウトな行為なのではないか。

 だが、それでも。その話は、私にとってあまりにも甘すぎた。


「ただし」

 私が話に乗ることを確信していたのだろう。

 タダではないと言いたげに、ハーティが人差し指を立てる。

「今後あなたの動きを、ずっと観測させてもらいます。それが条件です」

「ずっと? 私のプライバシーは?」

「無くなります」

 キッ、とハーティのことを睨む。

「酷くない!? わたし女子なんだけど! いろいろ恥ずかしいこともあるんだけど!」

「あ、あぅ……。でも大丈夫です! お風呂も食事も性行為も、ハーティは、何とも思いませんから!」

「見られるのが嫌だって言ってんのよ!」

「じ、じゃあ止めますか? そのまま死にますか……?」

「そ、れは、うぐ」

 それを言われると、私から反論することはできなかった。

「分ぁかったわよ……。それでいい」

 嫌々頷くのを見て、ハーティは笑みを浮かべた。

 自分の思惑通りと言いたげな、満足そうな笑みだった。


「では、契約成立ということで。苺のこと、あの世界に戻しますね」

「は? あの世界、ってぇ!?」

 突然、世界が縮むのを感じた。

 意味が分からないかもしれないが、それが最も近しい表現だった。ハーティごと周りの空間が、私を中心に萎んでいく。

 まるで、縛り口をほどいた風船のように。

「あ、そうだ! ハーティの力も分けてあげるので、頑張って使ってください!」

「はぁ!? 力って何のこと__」

 ハーティの返答を聞くより先に、空間の白がすべて私の中へ取り込まれた。

 同時に、異様な感覚に襲われた。眠気とは真逆の、叩き起こされるような感覚。覚め気、とでも形容するべきか。

「苺、あなたは今日から戦士。またの名を……魔法少女、ストロベリア」


 そして、現実へ。

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