私・イン・ザ・ミラー?

 初めから偉大な人間なんて存在しない。

 私だって生まれつき優秀な魔法少女だった訳ではない。つい最近まで、そんな世界とは無縁だった。


「ねえねえ。苺って高校から帰る時、いつもこういう道を通ってるの?」

 路地裏を歩く私に、後ろからついてくる妹。

 私は、この妹__小堂 咲榴(こどう さくら)が嫌いだった。茶色い長髪を揺らして歩く姿が、忌々しく思える。

「別に」

「えぇ~? でも二日くらい前、こういうところに入っていく苺を見たけど?」

「何、見てたの?」

「中学校からの帰り道でね~。で、実際どうなの?」

「たまたま。いつもじゃない」

 実際、路地裏は毎日通ってる訳ではない。気が向いた日とか気分転換に、フラっと行くのが楽しいのだ。

 だからこそ、そんな時間に割り込んでくる妹が、私にとって邪魔だった。


 改めて自己紹介をしておこう。

 私の名前は小堂 苺。肩にかかる程度の髪をツインテールで纏めた、今をときめく女子高生である。

 学校の成績はそれなりに良く、努力してる時間が多い。たまに口調を注意されるくらいで、周りからはそれなりに好かれると思う。

 そう、それなりに。


 制服が泥や埃で汚れるのも気にせず、私は路地裏を進んだ。元から黒い冬服のため、あまり目立たない。

 アォォウオォーン__。

 どこかで飼われているのだろうか、犬の遠吠えらしき声が聞こえる。

「っていうか、この道長くない? あとどのくらいで出れるの?」

「知らない」

 一方、咲榴はいちいち制服に付いた汚れを払いながら歩いていた。

 咲榴の通う中学校の制服は夏冬どちらも白いため、汚れが目立つのだろう。

「知らないって、何でよ! 知ってるから通る道なんじゃないの?」

「初めて通る道」

「もう! 少しは調べてよ~。なんか不気味な声もするし……」

 足が疲れてきたのか、ジメジメした空気が嫌になったのか。咲榴が不機嫌そうに、自分の長髪をなぞった。

 柑橘系の香水混じりの、不快な匂いが私の鼻をくすぐる。


 グルルル、ワオォーン__。

 犬の鳴き声が近付いてくる。

「仕方ないわね、使えない苺の代わりに私が……。あれ?」

「使えないとは何よ」

「ねえちょっと、ここ電波届いてないんだけど!」

「だから知らないわよ、私に言われても」

 そう言いつつ、私も咲榴のように携帯を取り出す。画面を見ると、確かに圏外だった。


 ただ、一つだけ奇妙な点があった。

「でも咲榴、地図アプリは使えるよ」

「なに言って……。へぇ、開いた」

 よほど回線が悪いのだろうか。画面全体は灰色だが、自分の位置を示す矢印は正常に機能していた。

 それからもう一つ、赤いアイコン__普段であれば『目的地』を指すピン__が、最初から立っていた。

「このマーク、苺のスマホと同じところに立ってる」

「勝手に覗かないでよ……って本当だ。しかも動いてるし、私たちのほうに」


 グルルオオォォーッ__


 犬の鳴き声が、大音量で辺りに響く。

「っていうか咲榴。この声、このピンの方から聞こえてきてない?」

「はぁ? じゃあ何よ、GPSとかで情報が送られてきてるってこと?」

 多分そう、と口を開く。だが続けて鳴り響いた遠吠えにより、私の声はかき消された。


 グルアアァァァッ!


 空気がビリビリと振動した。

「きゃっ! この声、犬じゃない!」


 グオオォゥォッ!

 バキッ、ガラガラ__。


 声はまだ大きくなる。同時に、石壁を崩すような破壊音も混ざりだす。

「じゃあ何の声なのよ! 苺、お前が何とかしなさいよ!」

「知らないって言ってるでしょ! アンタが勝手についてきたんだから!」

「もう最悪! 変なところで迷って、携帯繋がんなくて、なんか襲われそうで! 全部苺のせいよ!」

 私たちが右往左往している間にも、鳴き声と破壊音は近付いてくる。そして遂に。

 ガラガラ、ドガアアァン、と。

「きゃあぁっ!」

「何、何が起こったの!?」

 鼓膜を引き裂くような音と共に、コンクリート壁を貫通して人影が吹っ飛んでくる。

 私たちは、それが男の人だと咄嗟に分からなかった。

「くっ……どうして、急に活性化して……」

「人? なんで壁から、っていうか生きてる!?」

「なっ、民間人? どうして」

「どうしては、こっちの台詞よ!」

 男の格好も相まって、私はパニックに陥っていた。


 瓦礫から吹っ飛んできた男は、奇妙な格好をしていた。

 年齢は私と同じくらい。黒いジャケットとズボン、首もとには蝶ネクタイ。

 紫色に光る眼が、伸びた髪の隙間から見えた。


 その他にも、彼には様々な特徴があった。

「ていうか、何その手錠! あんた囚人とかなの?」

「いえ、これは……ファッションみたいなものです」

 手を前に縛られた彼は、慣れた足取りで瓦礫から立ち上がる。

「それより、怪我はありませんか」

「人の心配してる場合? あんた、吹っ飛んできたのよ!?」

「いえ、自分は別に」

 細身な見た目とは裏腹に、彼は出血すらしていなかった。

 飛んできたコンクリート片で、頬を切った私とは大違いである。

「そんなことより逃げてください。自分がこれで、足止めをしている間に」

 彼の言葉と共に、英文字の『p』を模したオーナメントのようなものが周りに浮かび上がる。全てのそれは藍色で、握りこぶしくらいの大きさだった。

「足止めって、何を止めるのよ!」

「説明は後でします、それより早く」

「やっ、嫌ぁっ!」

 咲榴の悲鳴が、私たち二人の会話を遮った。

「もう嫌、何がどうなって、夢よ、こんなの全部」

「さ、咲榴? ちょっと今__」

 咲榴と同じほうを見て、私は絶句した。男はそれが何なのか知っているかのように、それを睨んだ。

「とにかく逃げてください! コイツに、『死相』に殺される前に!」


『グオアアァァァーッ!』

 そこにいたのは、犬のような見た目をした、ドロドロの化け物だった。

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