第17話 イレギュラーと絶叫

 奏汰が敗北した今週の土曜日。俺は明莉と美琴を連れて10層まで降りていた。

 ここまで来ようと思ったのは俺達がレベル10に到達したからである。レベルを10まで上げればジョブにつける。その為に10層に行くことを決意したのだ。


「でもわざわざなんで10層なの? 今すぐ覚えてたら良いんじゃないの?」


 美琴が聞いてくる。それは知らないからだろう。質問には明莉が答えた。


「ジョブは特定の魔石で覚えるの。水晶みたいに透明なんだよ」


「そうなんだ。それもそうだよね。頭に思い浮かぶくらいで覚えられる訳ないか」


 明莉の説明に美琴は納得すると、今度は明莉が俺に質問する。


「でもどうして、夜桜高校でやらないの?」


 俺は明莉から飛んできた質問に答える。


「学校側にステータスを知られたくない。何が起こるか分かったもんじゃない。それに強くなったことが知れたら、今度は明莉さんが標的になってしまうからな」


 本気でそう考えている。それに実力を隠していた方が動きやすいし、相手に対策を取らせないことだって可能だ。


「そ、そうなんだね。私も実力を隠していた方が良い?」


「今は隠しておけ。後は、俺が指示した時期になら大丈夫だ」


「うん、分かった」


「私は学校行ってないからジョブを覚えられない」


 美琴が不満を呟いた。だが安心して欲しい。


「大丈夫。これから行こうとしている場所でジョブを覚える。美琴も覚えられるぞ」


「ほんとっ!? やった!」


 美琴は大喜びした。今からやることの見返りとしては当然だろう。


「その為にもボスを倒さないとね」


「はい!」


 明莉の言葉に美琴が反応した。

 俺達は今から10層のボスモンスターを討伐する。ジョブを覚えられる場所がボスモンスターを倒した先にあるからだ。だから明莉も美琴も、そして俺も気合が入っていた。


 俺達は10層を進んで行く。


「この先だな。覚悟は良いか?」


「うん、ばっちりだよ」


「私も、楽しみ!」


「そうか。ボスモンスターだから全力で挑めよ。俺もカバーに回れないかもしれないから、明莉と美琴を信じようと思う」


「分かった!」


「任せて!」


「……行くぞ」


 こうして俺達はボスモンスター部屋の前まで到着した。したは良いのだが……


「「……」」


 俺達は目を見るなり黙り込んだ。何故ならEクラスの連中が来るとは思わなかったのだろう。黙り込んだ雰囲気をぶち壊したのは美琴だった。


「あれ? 知り合いなの?」


「嗚呼、だいぶ知り合いではある。……そうだろ、秀明」


「そうだな、小僧」


 最悪の出会い方だった。俺達は秀明率いるDクラスと鉢合わせしてしまった。


「個人的にはいないと思っていたんですが」


「俺もお前らが来るとは思わなかったぜ。1人初見だが……」


「俺の妹だ」


 秀明は俺達を睨む。これくらいで動じる程レベルは低くない。その様子を見た秀明が1つの提案をしてきた。


「お前ら、10層のボスモンスター攻略に手を貸してくれねえか」


「「!?」」


 俺と明莉は驚いた。まさか秀明から協力申請を言われるとは思ってもみなかった。Dクラスの連中も俺と明莉のような反応をしていた。

 一先ず考える時間が欲しい。


「話し合いたい。それで良いか?」


「構わねえよ」


 俺達は来た道を引き返して緊急会議を開いた。


「俺はここを拒否って帰りたい」


 いつになく弱気な発言だと思う。理由はDクラスが怖いからだ。何をするか分かったものじゃない。そこに明莉と美琴を任せられない。


「私は和真君の意見に賛成。Dクラスと一緒に出来るかと言われたら、出来ない」


 あのお人好しの明莉にここまで言わされるって相当だと考える。だが、ここで美琴が呟いた。


「お兄さんや明莉さん言いたいことは分かるよ。だけど私にはあの人が嘘を言っている風には見えないし、本当に協力したいんじゃないかな」


「だけどDクラスは危険なんだよ」


「大丈夫だと思う。ここまで来るってことは私達と同じレベル。ボスモンスターを倒すには協力するのも1つの手。利害の一致でどう?」


 美琴の言うことも分かる。初のボスモンスターでそれなりに警戒しているんだ。でもDクラスいなくても勝てると思うんだよな。


「どっちにしても、俺達がボスモンスターを倒すのに変わりはない。受けてみるか?」


「……私も受けてみようと思う。Dクラスを信じた訳じゃないけどね」


「お兄さん、明莉さん、ありがとう」


 明莉は美琴の提案だから受けるみたいだ。明莉からしたらDクラスは因縁の相手だから、拒否すると思ったけど理性的な所もあるらしい。

 俺達はボスモンスター部屋前まで戻る。Dクラスの連中はまた驚いた顔をした。大方、拒否して尻尾巻いて逃げると考えていたのだろう。


「利害の一致で受けることにした。一緒に頑張ろ」


 俺は営業スマイルを浮かべているだろう。手を出して握手しようとするけど、秀明はしなかった。


「御託は良い。早速入るぞ」


 俺との握手は無視した。まぁ俺も信じている訳じゃないから良いけどさ。

 俺達とDクラスの一時連合隊はボスモンスター部屋へと入っていった。




 ボスモンスター部屋は洞窟のような場所である。ボスモンスターのレベルも10で、いつも通りやれば苦戦するような相手じゃない。

 ただ、俺がボスモンスターを見た時、そんな考えは一瞬で消えた。


「紫色の、スケルトン?」


 ボスモンスターは俺の知らないモンスターであった。紫色のスケルトン。持っている武器は真紅の槍。

 赤い瞳がこちらを見つめていた。


「なんだよ、ビビっちまったのか?」


「9人もいれば勝てねえ訳無いのによ」


「お前ら引っ込んでろ。俺らが片付けてやるからよ」


 Dクラスの生徒、3人が前へ出る。秀明を除いた2人はその後ろから声援を送っていた。俺達と秀明は一番後ろにいた。


「お前らしっかりしろ! ボスモンスターなんだぞ!」


 秀明はこの空気感に耐え切れず言葉を発する。しかしDクラスの生徒は余程自信があるのか、「大丈夫」と叫んだ。

 それにしても紫のスケルトンは仕掛けてこない。こんな隙だらけで生きているのが不思議だ。


 すると紫のスケルトンは槍を構える。その構えは……によく似ていた。

 背筋が冷える。このボスモンスター、レベル以上に何かがやばい!


「っ! お兄さん!」


 美琴もボスモンスターの異常性に気付いたのか俺に声を掛けてきた。槍を使っているから分かったのだろう。

 とにかく俺は叫ぶ。


「こいつはやばい! 今すぐ引くべきだ!」


 俺はこの場にいる全員に警告する。それだけやばい。挑んだら、多分死ぬだろう。

 明莉と秀明は俺の言葉に反応を示してくれた。だが――


「うるせええぇ!!」


 Dクラスの前衛が突撃してしまった。Dクラスの生徒の1人が武器を振るう。……真紅の槍が心臓を貫いていた。


「「は?」」


 他の2人は足を止めてしまう。


「足を止めるな! 敵は――」


 俺の言葉が届く前にボスモンスターが2人目の心臓を貫いた。心臓から血を流し倒れる。


「な、なんなんだよこいつ!? こんなの聞いて――」


 3人目は理不尽だと言おうとした。聞いてない、見てもいないだろう。ただここはダンジョンだ。そんな言い訳は通用するはずがない。

 首を切り裂かれた。赤が噴き出す。見たくもない噴水が出来上がってしまった。


 俺は駆け足で前に出る。


「【鑑定】!」


 俺は【鑑定】を使った。【鑑定】は名前とレベルとスキルを教えてくれる。

 紫のスケルトンは『ヴィザム』。レベルは、20!? レベル差が10もあるのかよ! スキルも1つだけだがあるのか!


 俺は後ろを一瞬振り返って叫んだ。


「レベル20だ! 逃げろ!」


 俺は明莉と美琴には逃げて欲しい。ここに残られたら守れる気がしなかった。

 ただ、俺の想いとは裏腹に事態は良い方向には進展しない。


「きゃっ!?」


「美琴ちゃん!? っ!? 何をするんですか!?」


 2回、倒されるような音が聞こえた。美琴は悲鳴を上げて、明莉は何かを訴えている。


「必要な犠牲って奴だ! 逃げるんじゃねえぞ!」


 剣を振るう音がした。俺は咄嗟に後ろを見てしまう。


「いっ!!?」


「「美琴(ちゃん)!」」


 Dクラスの奴らが明莉と美琴の逃亡を妨害したのだ。更に逃げられないように、美琴の足を切り裂いた。痛々しい傷が美琴に入ってしまった。

 俺は何かが切れそうになった。だけど必死に切れるのを耐える。今切れたら確実に全滅だからだ。……ほんとふざけるなよ。

 Dクラスはそのまま逃げていく。秀明も、


「ちっ! くそがっ!」


 秀明も悔しそうな表情をしていた。しかし勝てないと判断したのか、苛立ちながら立ち去った。

 俺は美琴の所まで下がる。明莉も来た。正面を向くと槍を構えたままヴィザムは動かなかった。


「ごめんなさい、お兄さん、明莉さん。私の所為で」


 かなり落ち込んでいた。自分を責めているみたいだ。


「そんなことない!」


 それを力強く否定したのが、明莉だった。


「美琴ちゃんは何も悪くないんだよ! だから自分を責めないで! 納得はしないだろうけど、今は前を向いて!」


「明莉さん。分かりました!」


 ほんと、明莉がいると助かるな。これなら美琴を任せられる。

 話が終わったのを確認したヴィザムは槍を地面に突き刺す。すると魔法陣が描かれた。

 この場が炎に包まれた大地になる。空は赤く、地面は白かった。まるで地獄の一歩手前のようだった。

 これは【結界】だ。【結界】を使用された以上逃げられない。


「明莉! 俺に【ホープアップ】を使え! ヴィザムを倒す!」


「分かった! ……生きて! 死んだら許さないんだからね!」


「ちょっ!?」


「お兄さん!」


 やめろぉ! フラグを立てるんじゃない。俺は悪役モブなんだぞ!? ……よし、平常心だな。


「言っておくけど、お前らを置いて死ぬつもりなんてないぞ! 絶対に守ってやる!」


 絶対なんてあり得ない。俺だってゲームの時は幾つも敗北を重ねてきた。

 それでも俺は勝たなくてはならない。絶対に守ると決めたんだ。


「【ホープアップ】!」


 明莉が俺を強化してくれた。これである程度は渡り合える。

 俺とヴィザムはお互いに歩み合う。何歩か進んだ後、俺とヴィザムは構えた。そして、一気に駆け出した。


「くっ!?」


 やっぱりレベル20は伊逹じゃなかった。動きが速くて予測して動かないといけない。致命傷になるような突きを剣で受け流していく。

 俺も剣を振るけど槍で受け止められた。明莉の【ホープアップ】を用いても劣勢だった。


 振って躱される。また受け止められる。突かれる、ギリギリの所で受け流した。この攻防が何回も続いていく。次第に動きを見れるようになった俺は剣を当てた。この間、30秒。

 ただ、ヴィザムは余裕だった。ただの剣を当てたくらいでは倒せないと言われてる気がした。


 更に攻防が続く。……だがそれは30秒経過した時点で終わった。


「あっ」


 剣が突きで2つに折れた。剣が先に限界を迎えた。ヴィザムは既に突きの構えをしている。俺はすぐに後ろに下がり――胸を貫かれた。


「いやああああああぁ!!」


「和真ああああああぁ!!」


 2人の悲鳴が聞こえた。視界が歪む。俺は地面に倒れ、意識を失った。





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