第16話 クラスメイトの絶望

 奏汰が敗北した。俺が思考の海から引き上げたのは彼女達の悲鳴からであった。


「「奏汰!!」」


 俺は思考から現実へと意識を切り替える。そこには信じられない光景が広がっていた。

 奏汰が胸倉を掴まされて立たされる。持ち上げている秀明は片手で奏汰の腹を殴った。まるでEクラスの敗北が決定したと、自分達には敵わない、反抗したら次はお前達だと、見せつけていた。

 奏汰はその生贄になってしまった。


 ヒロインで仲間であるのか、葵と心音は顔面蒼白だった。柊翔も信じられないものを見ていると表情が語っていた。

 隣にいた明莉が話し掛ける。


「どうして審判は止めないの!?」


「恐らくHPが残っているからだ。0にならない限り死ぬことはない」


「だからって!」


 明莉は納得しないだろう。苦情の声が漏れる。そして、耐え切れなかった。


「っ!? おい! 明莉さん!」


 明莉が席を立ち、駆け足で観客席から出ていく。

 不味い。ここで明莉を止めに行ったら高確率で俺がプレイヤーだとばれてしまう。ばれないとしても注目はされるだろう。

 だが……


「「和真(さん)!!」」


 俺は立ち上がって駆け足で観客席を後にした。




 俺が明莉を止めるメリットは殆どない。見捨てた方がプレイヤーだとばれる心配もなく、モブとして扱われるだろう。いつものような日常を送れる。

 それでも俺は駆け出した。今の考えが正解だというのなら俺は不正解を選ぶ。


「何を恐れてるんだ俺は!」


 姿を現さない卑怯者に何を恐れていたんだ。絶対に見捨てない。見捨てたら両親に叱られるだろう。美琴には怒られるだろう。何より俺の気分が悪くなる。


 闘技場の入り口の前まで来る。明莉は奏汰と秀明の間に挟まっていた。気絶している奏汰を守るように。


「もうやめて下さい。ここまでやる必要はない筈です」


「分かってねえな。お前みたいに立ちはだかる奴がいる限り、何度でも歯向かってくる。だから、分からせねえとな」


 秀明が拳を上げる。明莉は動く気配がない。

 明莉はレベル9で殴られても奏汰程にはならない。ただこのまま戦うことになれば秀明には敵わない。


 俺は全速力で駆ける。友達を守りたいから。


「やめろおおおおぉ!!」


 迫真の叫び声を上げた。存在を気付いて貰わないと困る。

 秀明は拳を明莉ではなく、俺に振り上げた。両腕を交差してパンチを受け止める。


「っ!」


 少し押された。レベルは俺よりも高いからな。


「俺のパンチを受け止めるか」


「もうやめろ。ここまで痛め付ければ満足だろ」


 実際勝負は奏汰の負けだ。誰がどう見ても否定出来ない。だからここまでやれば満足だろ。


「まだやるつもりなら、相手になってやるが」


 軽く脅しを掛ける。もし明莉が戦うくらいなら俺が戦った方が善戦出来る。

 ただ、秀明はそうではないようだ。


「いや、あいつが負けた時点で分かるだろ。この勝負はお前らの敗北だ。お前らの行動はただの負け惜しみにしかならねえ」


 拳を引いた。俺も構えを解いた。

 秀明は宣言する。


「よく分かったか! これが俺達とお前達との差だ! 二度と歯向かってくるんじゃねえぞ!」


 反抗する声は聞こえてこない。奏汰は敗北した以上、言い訳は出来ない。EクラスはDクラスの奴隷に成り下がったのである。


「威勢が良いのは最初だけだったな!」

「大人しく従っていれば良かったのにねぇ」

「こき使ってやるから覚悟しろぉ!」

「雑用係に決定な!」


 Dクラスは歓喜の声を上げて、Eクラスを馬鹿にしてきた。ただクラスメイトは耳に入ってはいないだろう。

 Eクラスを見れば、実力差を見せ付けられて絶望していた。




 戦いが終わると奏汰は保健室に運び込んだ。保健室の先生は【ヒール】を奏汰に使う。数分後には目立つような傷は無くなっていた。

 そのまま奏汰を保健室に置いてきた。迎えには柊翔や葵、心音が来るだろ。


 俺は教室に戻る。すると教室は物凄く静かだった。殆どの生徒が俯いている。そこで目が合ったのは明莉くらいだった。


「奏汰は!?」


 心音が立ち上がって聞いてきた。席に座っていた葵も立ち上がって見つめてくる。


「奏汰君なら無事だよ。今は保健室で安静している」


「よ、よかった」


 心音と葵は胸を撫で下ろした。柊翔の方を見ると考え事をしているようだった。

 そんな光景を見て、俺は自分の席に戻ろうとする。淳一は気に入らないと舌打ちをした。大方恥をかかされたと思っているのだろう。


 席に戻る。やっぱり殆どは俯いているか。落ち込んでいるみたいだ。

 俺は同情もせずに帰宅の準備をする。悲しい雰囲気に、俺は溶け込めない。割とどうでも良かった。


 俺は教室を出る。すると教室の扉が開く音が聞こえた。後ろを振り向けば明莉の姿があった。

 そこに比奈と竜之介が駆け付けた。比奈が口を開く。


「2人で何処行くんですか?」


「ダンジョンだが?」


「……どうして行くんですか?」


 俺と明莉がダンジョンに行く理由を知りたいらしい。一瞬、明莉と目配せして答える。


「強くなる為だ」


「……凄いですね。私なんか、怖くて足も動けません」


 比奈の体は震えていた。あれを見た直後だから無理もない。

 俺は口を開いた。


「いずれ歩ける。その時が来ることを信じ続けろ」


「和真さん」


「君は、いったい何を目指しているんだい」


 竜之介が真剣な表情で聞いてきた。俺が、目指すものはただ1つ。


「最強だ。最強になるまで、俺は進み続ける」


「……そうか。僕も頑張らないとね」


 竜之介は俺に感化されたように答えた。目の力強さが違う気がする。もしこれがライバルの視線だとしたら、面白いかもしれない。


「俺達は行くよ。さようなら」


「じゃあね」


 俺は振り返り進んで行く。それを遅れて明莉が付いて来て、隣に並んだ。そのままダンジョンに向かう。


 今回の件でプレイヤーがいることを確信した。何が目的でこんなことをしたのか、俺には分からない。

 ただ、俺に牙を剥くのなら容赦はしない。


 この小さな日常と友達を守りたい。その為にも、最強になるんだ。





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