第25話 兄妹で恋愛をした場合の末路
「拓馬」
「ん? どうした?」
綾乃と失恋をすることを決めた翌日。俺たちはいつもと変わらず学校に登校した。
そして、いつものように綾乃と学校の前で分かれたところで、隣にいた春香がしびれを切らしたように俺の名前を呼んだ。
「どうしたじゃないでしょ。綾乃ちゃん、昨日どれだけ泣いたのよ」
春香の言葉には少し怒りの感情が乗っているような気がした。それでも、俺にその言葉を言った後、何かに気づいたように申し訳なさそうに顔を逸らした。
状況的に何が起きたのか想像できないわけではないのだろう。
それでも、目を腫らしている綾乃の姿を見たら、居ても立っても居られなくなったのかもしれない。
それだけ綾乃のことを良く思ってくれているのだろう。そう思うと、綾乃を心配してくれている春香にも申し訳ないような気がしてきた。
「……ごめん。その、拓馬だって辛いのは分かってるんだけど」
「いや、いいんだよ。むしろ、綾乃のことを本気で心配してくれて嬉しいくらいだ」
「……シスコン」
「知ってるよ。少しいき過ぎたみたいだったけどな」
俺は上履きに履き替えながら、失笑を浮かべてそんな言葉を口にした。
それに対してもっと何かを言ってくるかと思ったが、春香はそこに対してそれ以上突っ込んでは来なかった。
「それで、前の関係に戻ったの?」
「いや、まだだな」
「え? まだって、どういうこと?」
昨晩から今日の朝まで綾乃はずっと部屋に閉じ籠っていた。その結果、誰が見ても一晩中綾乃が泣いていたことが分かるくらい顔を腫らしていた。
そうなる経緯を知っている春香からしたら、俺たちの関係が終わったと勘違いしても仕方がない。
「戻ってる途中。少しずつ戻していくよ、前みたいな関係にな」
「少しずつ?」
「そう、そう少しずつ。というわけで、俺と綾乃は今日ハンバーガー食べて帰るから、よろしく」
「よ、よろしく? それって、どういう意味?」
俺の隣を歩く春香は、俺が言った言葉の意味が分からないといった様子だった。
俺はそんな春香に少しだけ含みのあるような笑みを向けて、それ以上のことを言わずに廊下を歩いていった。
「今日はお兄ちゃんの奢りだ。好きなもの頼むがよい」
「ほんと?! じゃあね、ビッグハンバーガーセットで、ドリンクをラズベリーフラッペに変更で!」
「ラズベリーフラッペ? な、なんだこれ。ビッグハンバーガーセットと値段変わんないじゃないか」
そして放課後。俺たちは駅前のハンバーガーチェーンに来ていた。
奢りと分かるなり綾乃はドリンクの値段を跳ね上げたのだが、ここは兄として我慢しようではないか。
隣で元気を取り戻そうとしている綾乃の姿を見ると、どうしても甘やかしてしまいたくなってしまった。
徐々に俺のシスコンっぷりも戻って来ているのかもしれない。
さすがに夕方ということもあって、綾乃の目の腫れは引いていた。その目元を見て少し安心して、俺は小さく笑みを浮かべていた。
注文を終えて席を探していると、ちょうど前に来たときに座った二人席が空いたようだった。
何の偶然か俺たちはその席に座って、ハンバーガーを食べることにした。
前と同じ席で同じような光景を見ている。デジャヴを感じながらも、以前とはいくつか変わったことがあった。
前と大きく変わったことは、俺たちの仮の恋人関係が終わって、ただの兄妹になったことだろう。
あとは、頼んだ品物の値段が高いくらいだ。
「まさか、奢ってもらえると思わなかった! 大好きだよ、お兄ちゃん!」
「妹のためにお小遣いを遣えるのなら本望だな! 俺も愛してるぜ、綾乃!」
少し前まで普通に行っていたふざけた寸劇のような会話を交わして、俺たちは目の前に置かれている食事にありついたのだった。
昨日、俺たちは失恋をすることにした。
互いに自分の気持ちには少し前から気づいていた。それをあえて口にしなかったのは、仮の恋人関係を続けていたいという気持ちがあったからだ。
互いの気持ちを知らない、気付いていないフリを続けていれば、まだその関係を続けることができたかもしれない。
でも、ふとした疑問に綾乃の気持ちは俺に伝わってしまった。
伝わってしまった以上、仮の恋人関係は終わらせなければならない。そして、その仮の関係が本物の関係になることはない。
なぜなら、俺たちは兄妹だから。それも血の繋がった実の兄妹だから。
「今度の休み、映画観に行こうよ」
「そうだな。このまま勢いに任せて、行っちゃうか」
しかし、俺たちは仮の恋人として想い出を残し過ぎてしまった。
リビングではおうちデートを思い出すし、外に出かければ綾乃としたデートを思い出す。
だから、俺たちはそれらの記憶を上書きすることにした。
元の仲の良かったブラコンシスコン兄妹として、デートをした記憶を上書きする。
そうすることで、以前のようなただの仲の良い兄妹に戻れるのではないかと考えたのだ。
綾乃に酷なことをしているという自覚はある。それでも、これが俺と綾乃の出した結論だった。
そうでもしないと、ふとした時に仮の恋人だったことを思い出してしまう。
でも、デートをしたという記憶は忘れたくないし、忘れられない。
だから、こうして仮の恋人として時間を過ごした場所を巡って、その記憶を上書きすることにしたのだ。
それが意味のあることかどうかは、正直分からなかった。
それでも、俺たちは元に戻らなければならなかった。
だから、こうすることが正しいはずだ。普通に戻らなければ、幸せな未来はやってこないのだから。
俺たちは自分の気持ちを無視して、そんなことを本気で信じこんでいた。
そうする他に選択肢がないから仕方がない。そう思い込むことしかできなかったのだ。
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