第24話 終わりを迎える仮の恋人関係
「ただいま」
「……おかえり」
家に帰ってリビングに入ると、そこにはソファーに座っている綾乃がいた。
なんだかいつもと雰囲気が違うような気がしたのだが、その違和感の正体が何なのか分からない。
「綾乃?」
いつもと違う態度に戸惑いながら、綾乃の隣に座ってみたのだが、綾乃は顔を伏せたままだった。
「今日さ、何してたの?」
「え、何って……」
先程まで春香に呼ばれて公園にいた。そこで、綾乃との関係について相談をしたのだが、まだそのことは綾乃には告げていない。
そのことについて話すべきか少し悩んだ後、俺は一旦その事実を隠すことにした。
「メッセージ送ったろ? 先生に呼ばれて遅くなるから、先に帰っててくれって」
今日の昼休みくらいに、綾乃に今日は一緒に帰れない旨のメッセージを送っておいた。
放課後に先生に呼ばれて、帰りがいつになるのか分からないから先に帰っておいてくれと。
「うん。メッセージは見たよ。だから、少しぶらついたりして帰ってきた」
「ぶらついて?」
その返答に少し引っ掛かりを覚えていると、ゆっくりと綾乃がソファーから立ち上がった。
そして、俺の前まで来たと思ったら、制服姿の綾乃が俺の脚を跨いで、そのまま俺の太ももの上に乗ってきた。
「あ、綾乃?!」
以前おうちデートをした時は、下はショートパンツを履いていた。だから、太ももの上に乗られたときも、ズボン越しにお尻が当たるだけだった。
ただ今は明らかに違っていた。
跨ってきた綾乃が俺の太ももの上に腰を下ろすと、下着越しのお尻の感触と温かさがダイレクトで太ももに伝わってきた。
当然だ。スカートの下に短パンなど履いているはずがないのだから。
生々しい下着越しのお尻の感触と、無防備な太ももの感触に挟まれて、上に乗っているのが妹だということも忘れて、俺は心拍数を跳ね上げていた。
さすがに焦って綾乃を下ろそうとしたのだが、綾乃はそのまま体を俺に預けたように重心を前に傾けると、俺の肩に手を置いて顔を近づけてきた。
甘い香りが鼻腔をくすぐったと思った次の瞬間には、その顔が俺の頬に近づいてきた。
「あ、綾乃っ!」
俺は咄嗟に綾乃の肩を掴んでぐっと押して距離を取った。もしも、俺があと少し肩を押すのが遅れていたら、綾乃の唇は俺の頬に触れていた。
スキンシップにしてはやり過ぎているし、突然過ぎる行動の心理が読めなくなって、俺は少し大きな声を出してしまった。
そんな俺の声で何かに気づいたのか、綾乃はきゅっと唇を強く結んだ後に言葉を続けた。
目の前で俯いていた綾乃の目には、涙が浮かんでいた。
「ごめんっ……だめだよねっ。私、妹だもんねっ」
自分自身に言い聞かせるようにそんな言葉を口にしていた綾乃は、小さく鼻を啜りながら潤んだ瞳をそのまま逸らしていた。
「綾乃?」
「ごめん……春香ちゃんに取られちゃうって思って、胸の奥の方が苦しくなって……そしたら、なんか自分でも分からなくなって」
「春香? なんで春香の名前が出てくるんだ?」
今にも溜めている涙を零してしまいそうな綾乃の姿を見て、罪悪感に胸を締めつけられそうなっていた。
しかし、話の流れが全く見えないでいた。なぜこのタイミングで春香の話題が出てくるのか、その繋がりがまるで分らなかった。
「さっきね、お兄ちゃんが春香ちゃんにキスされてるの見ちゃって……それで、そのっ」
綾乃は言葉を途切れ途切れ、そんな言葉を口にしていた。言葉にするのも辛そうな声を聞いていると、胸の奥が締めつけられそうだった。
「キス? ……いや、されてないけど」
胸の奥が締まりそうだったのだが、実際に胸の奥は締まらなかった。
だって、全く身に覚えがないことだったから。
「え?」
綾乃も俺の返答が思ったものと違っていたのか、素で驚いたような声を漏らしていた。
張りつめていた空気が穴を開けられたように抜けていく。そんななんとも言えない空気がそこにはあった。
どうも収拾がつかなくなったような気がしたので、俺は綾乃に言うかどうか迷っていたのだが、誤解を解くために先程までの春香とのやり取りを白状することにした。
「春香に呼び出されて、綾乃のことを聞かれたよ。それで、少し相談に乗ってもらっただけだ。当たり前だけど、キスなんかされてないぞ」
「で、でもっ、頬にキスされてるの見たよ!」
しかし、綾乃は俺の言葉を聞いても折れることをしなかった。
というか、今更ながら俺たちのやり取り見られてたんだな。
「いや、そうは言ってもされないしな」
逆にやり取りを見ていれば、勘違いをするはずがないのだがと思ったところで、一つ思い当たる節があった。
「あっ……」
春香が俺の肩に手を置いて、頬に顔を近づけてきたことがあった。そして、その後にこんなセリフを口にしていた。
『失恋させてあげる。綾乃ちゃんに嫌われたくないから、あくまでフリだけね』
『フリ?』
あのフリという言葉の意味は、キスをするふりをするということだったのか。
ようやく合点がいった。
「やっぱり、したんじゃん」
俺の納得した顔を見て、綾乃はいじけるようにそんな言葉を漏らした。
どうやら、綾乃は俺の反応を見て、俺がキスをされたことを思い出したと思ったらしい。
全くそんなことはなかったというのに。
「いや、してない。キスされるフリはされた。なんか、失恋を手伝ってあげるとか言われて」
「失恋を手伝う?」
「……もしかして、春香は綾乃に見られていることに気づいてたんじゃないか?」
というか、絶対に気づいていたんだろうな。そうじゃないと、あの時の春香の言動が説明できなくなる。
綾乃はそこまで聞いて、ようやく誤解だったと気づいたらしく、目を丸くしていた。
そして、それからしばら無言で俺と見つめ合うと、そっと言葉を漏らした。
「え、勘違いなの?」
「だから、そう言ってるだろ」
「そ、そうだったんだ」
綾乃は胸を撫で下ろすように息を深く吐いて、安心したように口元を緩めていた。
しかし、すぐに気づいたらしい。
さっき自分がしようとしていたこと、揺れる感情を俺にぶつけてしまったこと。そして、勘違いであることに安心して、胸を撫で下ろしていたこと。
それらの行動をとってしまったことで、綾乃の俺に対する気持ちが浮き彫りになってしまったことに。
そして、それを俺に気づかれてしまった時点で、俺たちの仮の関係が終わりを迎えることも。
「あっ、ごめんっ、これ違くてっ……いや、違くはないんだけどっ、そのっ……」
綾乃は顔を真っ赤にさせて、なんとか誤魔化そうとしていた。しかし、何をどうやっても、もう手遅れであることに気づいたのだろう。
やがて、綾乃は羞恥の感情によって顔を真っ赤に染めながら、口元をきゅっと閉じてしまった。
春香が言っていた失恋の手伝い。それは、俺のことを好きな気持ちを炙り出すってだったらしい。
変に燻ぶるくらいなら、しっかりと燃えた後に消火させておけということなのだろう。
俺に対する気持ちが再発してしまわないように。
「綾乃」
ここまで気持ちを表に出されてしまったら、聞かなかったことにはできない。この気持ちをなかったことにはできないだろう。
それなら、俺も覚悟を決めて、前に進まなければならない。
「失恋するか。俺と一緒に」
仮の恋人関係を終わらせるために、今までの仲の良い兄妹に戻るために、俺は進まなければならなかった。
その俺の言葉を受けて、綾乃の頬に一筋の涙が伝った。
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