第23話 幼馴染からのメールは突然に

「……ちゃんと一人で来たんだ」


「まぁ、文面に書いてあればそうするだろ」


 綾乃との関係に悩んでいた昨晩。春香から今日会えないかという旨のメッセージを貰って、俺は登校時に春香と合流する公園に来ていた。


 メッセージの文面からあまり良い話ではないだろうと思っていたが、神妙な顔つきから察するに、その予想は的中していたようだった。


「それで、なんで急に呼び出しなんだ?」


「綾乃ちゃんがいるときに話していいの?」


 さらりと確信を突くような一言。ここで咄嗟に小首でも傾げられれば良かったのかもしれないが、俺は綾乃の名前を出された時点でぴくりと体を反応させてしまっていた。


 その俺の反応を見て、確認を得たのだろう。春香は短いため息を一つ吐くと、俺の目をじっと見つめて言葉を続けた。


「最近、綾乃ちゃんとの距離間おかしいよね?」


「お、おかしい? いや、綾乃が俺にべったりなのは、今に始まったことじゃないだろ」


「物理的な距離の話じゃない。二人が変に意識してるのは、隣で見てれば分かるから」


 春香は誤魔化そうとした俺の言葉を軽く一蹴した。その目は茶化してなどおらず、真剣そのものだったので、俺は思わず視線を逸らしてしまった。


「先週だっけ? 綾乃ちゃんとハンバーガー食べに行ったらしいじゃん。先週、私用事なんかなかったけど?」


「そ、それは……」


 先週、綾乃が制服デートをしたいと言って一緒にハンバーガーを食べに行った。


その時、クラスメイトの飯田と遭遇して、春香がその場にいなかった理由として、春香は用事があるからと適当な嘘をついた。


 多分、飯田との会話の中でそんな話がぽろっと出たのだろう。軽く流してもいい話ではあるのだが、俺たちの関係を疑っていたというのなら、引っかかる話だよな。


「えっと、綾乃が外で夕飯食べたいって言ったからで、春香が用事があるって言ったのは、ただの言葉の綾というか……」


「私と分かれた後、手を繋いで歩いてるよね? あれって、ただの兄妹として手を繋いでるの?」


「それは……」


 バレていないと思っていたいくつかのエピソード。どれも確証を突くには少し弱いが、言い逃れできるほど弱いものではない。


 無理やり言い逃れをすることもできるが、それはただ問題を先延ばしにするだけだ。きっと、この調子でいったら俺たちの関係はすぐにバレてしまう。


 だから、ここで言い訳を述べることが何の解決にもならないことは分かっていた。


それでも、バレてはならない関係を隠そうと、何か言葉はないかと言葉を必死に探していた。


「拓馬。別に、拓馬を責めようってわけじゃないんだよ。一人で解決できるならいいけど、できないなら話くらい聞くよ?」


俺が黙って言葉を探していると、春香が眉のハの字にしてそんな言葉を口にした。優しくなったような声を前に、俺は俯きかけていた顔を上げていた。


「私、拓馬が思って以上に、綾乃ちゃんのことも……拓馬のことも好きだからさ」


 呆れるような春香の表情の中に優しさが含まれていて、俺はその顔で見つめられて、つい口が軽くなってしまった。


 最近ずっと抱えていた悩み。解決策が見つけられず行き詰って、ただ泥沼に落ちていくような感覚が続いていた。


 終わりは見えているのに、そこに向かうことができない。そんな躊躇っている情けない背中を、押して欲しかったのかもしれない。


「実はーー」


 俺は墓場まで持っていくと決めていた秘密を、少しだけ告げることにした。




「なるほどね。それで、どうしたらいいのか分からなくなったと」


「ああ。いや、どうするべきかは、分かってはいるんだけどな」


 話したのは互いに意識をしてしまっていて、恋愛感情に近い感情を抱いてしまっているのではないかという話だけ。


 仮の恋人関係も、いき過ぎたスキンシップについても触れなかった。


 それでも、春香は大体理解したようで、少し遠くを見ながら短く息を吐いた。


「……まぁ、こんないつかこうなるのかなーって、思ってなかったわけではないけど。ていうか、言わなくても想像はついてたけど」


「え、まじで?」


「あれだけベタベタしてたら、多少は心配にもなるよ。まぁ、なるようにしてなったって感じかな」


結構覚悟を決めて話したつもりだったのだが、春香はそこまで驚いた顔をしていなかった。


 もっと酷い言葉を言われると思っていたので、少しの肩透かし感のようなものがあった。


「拓馬はどうするべきなのかっていうのは、分かってるんだよね?」


「まぁな。どう考えても結論は一つしかない」


 ずっと前から結論は出ていた。仮の恋人関係を結んだときから、もしかしたら、そのずっと前から。


 兄妹の恋愛という物は成就しない。成就してはならない。


 その事実に抗った先に幸せがないということは、十分に理解していた。


 ただ頭では分かっているのに、この関係を終わらせたくないと思う自分がいるのも確かだった。


「だったらーー、うん。協力してあげる」


「協力?」


 春香は一度こちらから視線を外した後、静かに俺との距離を詰めてきた。


「え? は、春香?」


「動かないで」


 春香の手が俺の肩に触れて、そのまま距離を詰めてきた。そして、頬にキスをするくらい顔を近づけて、その寸前でぴたりと動きを止めた。


 頬に静かな息遣いだけを当てて、そのまま唇を俺の頬に触れさせることなく、春香は俺から離れた。


「な、なんだったんだ?」


「失恋させてあげる。綾乃ちゃんに嫌われたくないから、あくまでフリだけね」


「フリ?」


「だから、いつもの二人に戻って欲しいな。私、ブラコンシスコンの大野兄妹は結構好きだしね」


 微かに頬を朱色に染めている春香はそんな言葉と共に、小さな笑みを浮かべていた。

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