第21話 妹とベッドで

 俺がお風呂を上がってリビングでテレビを観ていると、綾乃も風呂から上がって濡れた髪を乾かしていた。


 お風呂で感じていた緊張するような雰囲気は随分と落ち着いていて、その後は特に過度なスキンシップをするようなことはなかった。


 そのまま寝る支度を済ませて、綾乃に練る旨を告げて二階に上がっていくと、綾乃は返事をした後に俺の後ろをついてきていた。


 同じタイミングで寝ることは別に珍しいことではなかったので、俺は特に気にすることなく自室へと向かった。


 そして、自室に入って少し時間が経った後、部屋の扉をノックされた。扉を開けるとそこには、枕を抱きかかえている綾乃がいたのだった。


「今日は一緒に寝てもいい?」


 綾乃は微かに朱色に染めた頬で、こちらを上目遣いで見つめていた。


 淡い桜色をしたパジャマに身を包んで、枕を抱きかかえている綾乃の姿は妹のそれなのに、その瞳は微かに熱を帯びているようにも見えた。


「やり過ぎたって、反省してたんじゃないのか?」


「……気にするなって言ってくれたじゃん」


「いや、そうは言ったけどな」


 先程、風呂場で今日はやり過ぎてしまったと謝罪をしてきた。おうちデートで舞い上がってしまい、過度にスキンシップをしてしまったことを綾乃も反省している様子だった。


 確かに、気にするなとは言ったが、気にせずもっとやれという意味ではない。


「それに、たまには一緒に寝るのもいいでしょ?」


「……まぁ、確かにしばらく一緒に寝てはいないけど」


 綾乃とは中学生になっても何度か一緒に寝たことがあった。もしも、ただのブラコンシスコンだけの関係だったら、特に問題なく俺は綾乃の提案を受けいれていただろう。


 しかし、今の俺は綾乃のことを女の子として意識してしまっている。そして、今は親がいないという状況。


 多分、綾乃も俺と同じような心境のはずだ。


「今日逃したら、次いつ一緒に寝れるか分からないし」


 おそらく、仮の恋人関係が終わった後は、一緒に寝るというのは難しくなる気がする。


互いを一度異性だと意識した関係なわけで、以前のように何も気にしないで一緒に寝るということはできなくなるだろう。


 それに、親がいるという状況で中学二年生の妹と同じベッドで寝るというのは、少なからず抵抗があったりもする。


 そうなると、もしかしたら、今日が綾乃と同じベッドで寝る最後の機会なのかもしれない。


 不安げに枕を抱きしめている綾乃の姿を見ると、どうしてもそんなことを考えてしまった。


「分かったよ。言っておくけど、結構狭いと思うぞ」


「全然狭くていいよ。ありがと、お兄ちゃん」


 綾乃は俺に断られなかったことが嬉しかったのか、屈託のない笑みを浮かべた。


それは一人の女の子としてではなく、妹としての笑みのような気がして、俺は安心したように口元が緩んでしまっていた。


 壁に寄せてあるベッドまで行くと、綾乃は布団に入る前に枕を抱きかかえたままこちらに振り返った。


「お兄ちゃんは壁側に寝て」


「壁側? 別にどっちでもいいけど」


 特にこだわりはなかったので、俺は綾乃に言わるがままに初めにベッドに入った。それを確認した綾乃は、枕を俺の隣に置いて俺のベッドに潜り込んできた。


 近すぎる距離間に気づいて、距離を取ろうとしたのだがすぐに壁に当たってしまい、それを見てしてやったりの顔をした綾乃は、さらに距離を詰めてきた。


「いや、近すぎないか?」


「だって、あんまり離れると、私ベッドから落ちちゃいそうだし」


「今から場所変わる?」


「変わらないよ。そんなことしたら、お兄ちゃん本当にベッドから落ちるでしょ」


 綾乃は俺の提案を華麗にスルーすると、枕元にあった証明のリモコンを操作して灯りを消した。


 真っ暗になった部屋で、綾乃の体がもぞりと動くのが分かった。軽く脚が触れてきたので、また俺との距離を詰めてきたのだろう。


「……俺が手を出したら、どうするつもりなんだよ」


 俺はあまりにも無防備に距離を詰めてくる綾乃に注意をするように、思ってもいないような言葉を口にした。


 無理やり妹に手を出すほど、俺は落ちぶれてはいない。それでも、これ以上距離を詰められてしまわないように、予防線としてそんな言葉を口にした。


「どうすると思う?」


 しかし、綾乃は少し考えた後に俺の耳元でそんな言葉を囁くと、また距離を詰めてきた。


 その綾乃の返答と甘い香り、時々触れてくる体を前に、俺は心臓の音を大きくしていた。


そして、その綾乃の行動を前に、綾乃がある程度決意を固めて俺の部屋にやってきたのではないかと勘違いをしてしまいそうになっていた。


 綾乃だって中学生なのだから、ある程度は性についての知識はあるだろう。そして、俺が綾乃のことを異性として見ていることを知っていて、同じ布団に潜り込んできたのだ。


 何も考えていないと思う方が無理がある。


「おやすみ、お兄ちゃん」


 綾乃はそんな挨拶を済ませると、それから呼吸の音だけをさせて静かになった。必要以上に動いたりもせず、小さな寝息だけを立てていた。


 隣には異性として意識している妹が無防備に寝ている。そんな状況を前に、思春期の俺が性的な衝動を完璧に抑え込むことができるのか。


 仮にそれができるというのなら、それはきっと、綾乃に対して本気の感情を向けているということになるのだろう。


 俺は綾乃の方に体を向けて、小さな寝息に耳を澄ませていた。そして、ほんの少しの出来心から、俺は綾乃にそっと手を伸ばしていた。


「おやすみ、綾乃……」


 伸ばした手はそっと頭を撫でて、俺は暗くて見えないはずの綾乃の寝顔を見つめていた。


 そこで、俺はようやく認めることにしたのだった。


 ずっと綾乃に向けていたものは、ただ異性と意識するだけのものでもなく、単純な下心でもない。


 驚くほど純粋で、妹に向けるにしてはねじ曲がった倫理観をしている感情。


 これは紛れもない恋愛感情だった。


 そして、それを認めた瞬間に俺たちの関係が終わろうとしていることも、認めざるを得ない事実だった。

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